第120話 泣きっ面にマシンガン
ありがとう、か……。こんなに気持ちの籠ったお礼を言われたのなんて何時ぶりだろうか。うーん……、思い出せねぇ。だが、お礼を言われるのって悪くねぇな。身体がムズ痒いぞ。
あれはそんな不思議な感覚を味わいながら、嬉しそうにくるくると回るアイナをただ眺めていた。それから1週間後、アイナたちは実戦の確認に向かった。アイナたちの後姿を見送りながらそこに俺がいないことに違和感を覚えるくらいには、あのパーティに馴染んでいたらしい。
「神崎、アンタすごいの作ったじゃんか。アタシたちも負けてられないね」
自室に戻ろうとしたら村正さんにそう声をかけられた。どうやら俺が体調不良でグロッキーになるくらい頑張って作ったアイナの衣装を見て生産職のプライドが触発されたらしい。
めっちゃやる気じゃん。これは追い抜かれるのも時間の問題か。ダンジョンから得られる素材も高品質になってきたから、俺の錬金術の優位性もなくなってきてる。予想以上にあの装備が日の目を浴びる時間は短いかもしれんな。
そんなことを思いながら歩いていると、今度は早乙女さんから声をかけられた。何故かご機嫌で嬉しそうなのだけは伝わってくる。
「あ! 神崎さん、聞いてください! ついに錬金術のレベルが8になったんです!」
えっ……、マジで? 早乙女さんが錬金術を頑張っているのは知っていたが、ついに俺を越えたのか。嬉しいような、悔しいような……。ごめん、ちょっと、かなり、悔しい。
「神崎さんが見せてくれた非常識な発想を取り入れていろいろ作ったんです。そしたらレベルが上がりました! ありがとうございます!」
「お役に立てたようでよかったです」
オイオイ、そんな気持ちなんて受け取れないよ。俺の心は荒んでてそれどころじゃないから。あー、ショック……。つらみ。こういう時は寝るに限る。寝よう。そして忘れよう。それが一番だ。
俺の心はバミューダトライアングルの大嵐並みに荒れている。これ以上何も聞きたくないので、早足で自室に向かうも少し遅かったらしい。途中で俺が魔法陣を教えている子が今にも飛び跳ねそうな感じで声をかけてきた。
「先生! 僕の魔法陣のスキルレベルが上がったんです!」
「それはそれは。よかったですね」
「はい! 頑張ってきた甲斐がありました!」
何というかさ、こう悪いことってタイミングが重なるよね。一つ一つは耐えきることができても不幸の波状攻撃は耐えきれないよ。……自棄酒しよ。クソッたれが。
俺は表面上は笑顔で話を合わせる。内容は覚えていない。その後は街に繰り出してクソマズかったエールを樽で買い、自室に戻って自棄酒タイムだ。
「あー、クソマズい。……なんだよぉ」
何でマズい酒を飲むのかって? 嬉しくもないのに美味い酒なんて飲めるかよ。いいことがあった時にそういうのは飲むんだよ。それが俺のルールだ。
「アルコールも弱いし全然酔えねぇ」
アルコール依存症になる気持ちがよくわかるぜ。酔いが回っている間は思考がはっきりしなくて辛い現実から逃げられるもの。素面だといろいろ考えすぎてマジ辛い。だから早く酔ってくれ。
「何でこうなるかなぁ……」
泣きっ面に蜂とはよく言うが、それでも今回はやりすぎだろ。俺の存在意義がまとめて吹き飛んだぞ。これじゃアナフィラキシーショックだ。俺がここにいる意味って何? アイナ? 俺がいなくてももう問題ないだろもう。事実、ここにいないし。
「俺、いる?」
俺、マジ要らない子。ハッ、笑えてくるねぇ。どんなに頑張っても才能にはかてませんよってか。所詮、ここはファンタジーの皮を被った現実。冷たいなぁ。
「期待してたんだろうなぁ」
地球の常識ではありえないことが起きて舞い上がってたんだろうなぁ。これまで現実が~とかほざいてたけど、俺が一番現実を見てなかったなんて、何その皮肉。笑うしかないね。みんなも笑っていいぞ。変に慰められると惨めだし。
「なんだよ。酔ってねぇよ」
こんな薄いアルコールでこの俺が酔うわけないだろ、見くびんな。アァ? どれだけ飲んだのかだって? さあ? ジョッキ10杯から数えてないわ。あぁ、こぼれた。もったいない。拭くもの……。服でいいか。ちょっとしかこぼれてないし。
「あーあー」
何してるのか? 見てわかるだろ。わかんない? それは知らん。これでわからないなら誰にもわからないよ。うっぷ……。つまみが食べたいなぁ。コンビニの唐揚げ串ってなんであんなに美味しく感じるんだろうね? 世界コンビニ七不思議の一つだよ。残りの六つは適当に考えて。任せた。あと酔ってないから。
「……」
虚空を見つめて固まる俺。数秒後、俺は机に倒れた。半ば気絶するように寝落ちたのだ。
本日の教訓。酒は適度に飲みましょう。
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