第119話 儘ならないのが現実なのかしら
九城さんに連れられて会議室に向かったわたくしたちに伝えられた話は完全に予想外のものでした。神崎がパーティから抜けると聞いてわたくしは一瞬話が理解できませんでしたが、神崎はいつも通り淡々としながらその要求を呑もうとしていました。
「ちょっと、どういうことかしら?」
「私がパーティを抜けるだけです」
それは聞いていました。その理由をわたくしは聞いているのです。神崎が抜ける必要性が感じられません。
「……何故かしら?」
「私が弱いからですよ」
……弱い? 神崎が? これだけいろいろ奇想天外な作戦やアイテムを作れる神崎が弱いわけないですわ。本当に弱かったら今頃神崎はここにいませんもの。他の方は知らなくてもわたくしは知っているのです。
「あなたは弱くないんかないわ」
「いいえ、弱いです。このままでは皆さんに迷惑をかけることになるでしょう」
「その時はわたくしが守るわ」
「それでは駄目なのです」
そこからは神崎から説明を受けました。神崎は既にレベル上限に達していて、これ以上強くなる余地がないこと。足手まといを連れての攻略は他の誰かの死に繋がること。今の被害がなく気が付いた時点でパーティを抜けることが最良の選択になるということ。
神崎がこれ以上強くなれないということに驚きながら、同時に納得できる要素が思い浮かびます。これまでは率先して前線に出ていた神崎でしたが、九城さんたちとパーティを組んでからは前にほとんど出ず、出たとしても少しだけ。しかも敵を倒すのに時間がかかるようになりました。ずっとその傾向があったはずなのに、わたくしは無意識に気が付かないフリをしていたのでしょうか。
「なら、わたくしも抜けるわ」
わたくし、神崎と同じパーティがいい。そう思いました。だからでしょうか? わたくしの口からこの言葉が出てきました。しかし、神崎は神妙な顔で首を横に振りました。
「それは絶対にいけません。私に天導さんの才能を殺させないでください」
その声には神崎にしては珍しく感情が乗っていたと思います。たったそれだけで、わたくしの反論は封殺されました。ここまで言う神崎にこれ以上食い下がるのは我儘が過ぎます。いくら相手が神崎だからと言って甘え過ぎなのは自覚できました。それでも、神崎と別れるという事実は認めたくありません。
そこからはどうすれば神崎と一緒にいられるかを考え、それでも名案が浮かばず思考が同じ場所をグルグルと回転してしまい、気が付いたら神崎の部屋にいました。神崎は机に向かって何かを書いています。
「……あなた、それは何?」
「ん? 俺が最後にアイナにしてあげられること、かな?」
「その言い方はやめてくださる?」
それではまるで神崎がいなくなるみたいではないですか。縁起でもないことを言わないでほしいですわ。それで、一体何をくださるのかしら?
「装備の更新だな。と言っても、すぐに村正さんとかの作る装備の方がよくなるのは目に見えているが」
「そんなことないわよ」
「事実を言ったまでさ。っと、デザインは任せる。それと、今の装備を基本素材にするからな。見納めでもしておけよ」
そう言って話を切り上げた神崎は手元の紙に唸りながらいろいろ書き込んでいきます。わたくしも同じようにペンと紙を取り出して衣装のデザインを考え始めました。
……いい案が浮かびませんわね。今の衣装をとても気に入っていますから。強いて言うなら可愛らしさを求めてスカートにしたいところですが、淑女としてはしたないと神崎に指摘されたのでやめましょう。
「どうした?」
「……いいデザインが浮かばないのよ」
「今の衣装がすごく似合ってるからな。無理にデザインを変えなくていいぞ」
「そう。ならそうするわ」
神崎が似合っていると言ってくれたのですから無理に変える必要はないでしょう。決めました。このままでいきますわ。
素材の厳選に少し時間がかかるとのことで、神崎は早くも様々なアイテムを錬金術にて作り始めました。わたくしも自分の衣装ができる様子を眺めていたかったですが、そこから数日は新たなパーティの戦略を練ったり、陣形や連携の確認などをしていたのであまり神崎と一緒にいられませんでした。
「できたぞ」
「まぁ……!」
神崎から手渡された衣装を広げて隅々まで眺めます。手触りが非常に良くなっていて、素材の質が格段に良くなっている気がします。あまりの嬉しさから神崎がスキルの詳細をしてたのを半ば聞き逃してしまいましたが、問題ないでしょう。どれほど強い攻撃も当たらなければいいのです。神崎がそう言っていました。
「ま、嬉しそうだからいいか……」
「あなた」
「あん?」
「ありがとう」
「……。どうも」
ブーツやグローブ、柄ちゃんまで強化されてわたくしは嬉しさでいっぱいです。本当にありがとう、神崎。
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