第118話 振られるより振るほうが楽

 翌日の行動開始は遅かった。とっくに外は明るくなってから俺たちは46層に向かって歩き出した。前日にフラグ建築士どもが集めた情報のおかげで階段へのルートは既にわかっている。素材も十分あるので道中の戦闘は少なめだ。




「ハァ!」


「だいぶ良くなった。次は……」




 なんだか門番君が張り切っている。イケおじから熱血指導を受けてたった今アイアンゴーレムを一人で倒した。俺が門番君と同じ装備を使うと恐らく倒せないので、やはり門番君は強いと思う。実際、今の戦いでも後半は確実にアイアンゴーレムに深手を負わせていたのだから。比べる対象が悪いのだ。




「大和さん。詳しい指導は帰ってからで十分でしょう」


「鉄は熱いうちに打つものだ」


「何事にも限度があります。予定外の強敵との戦闘で見えない疲れが溜まっている状況で無理はミスに繋がります」




 あー、こういうところは人の上に立っていた爽やか君が強いな。年上のイケおじにもはっきり意見を言えるのはすごいと思う。俺はしがない平社員だったから、年功序列には抗えなかったよ。


 門番君の指導は帰ってからということになり行進速度が上がった。稼ぎどころと言われるだけあって各階層のルートは最適化がなされているらしく、日暮れまでに46層に到達できた。屋敷に帰り、今回は寝落ちすることなく晩飯を食べてからいつも通りに就寝した。


 ちなみに門番君は晩飯を食べに来なかったらしい。これは緊張の糸が切れて寝落ちしたパターンだな。爽やか君さすがやで。




「神崎さん、ちょっといいですか?」




 爽やか君にそう言われたのは屋敷に戻ってきてから数日経ってからだった。何時になく真剣な目をしていたので、俺とアイナは素直に会議室として使われている一室に向かった。


 ……パーティ全員揃ってるな。そしてこの雰囲気。茶々を入れる余地のない重苦しいこの感じ。あー、知ってるぞ。1回味わった事がある。




「ご足労頂きありがとうございます。先ずはお茶でも……」


「いえ、本題に入りましょう。回りくどいのは苦手です」




 アイナはわかっていなさそうだな。ま、能力がある人間はそう簡単に味わうことはないか。しかもアイナはまだ子どもだし。こういうのは俺みたいに中途半端な立場のヤツがやり玉にあがるのさ。はぁ……、自分が無能だって認めて口に出すのって精神的にかなり悪いんだけどなぁ。




「……ええ、わかりました。では、今回お呼びした理由から……」


「私にパーティを離脱してほしい、ですね?」


「……はい」


「……え?」




 そんなに申し訳なさそうな顔するなよ、爽やか君。それに門番君も。これまでは役に立ってたけど、今回の強敵との戦いで俺の限界を知っただけだろ? そんなもの俺が一番よく知ってるさ。パーティに弱い仲間は要らない。ゲームなら縛りプレイでする人もいるだろうが、ここは現実。そんな余裕をかますことはできない。




「ちょっと、どういうことかしら?」


「私がパーティを抜けるだけです」


「……何故かしら?」


「私が弱いからですよ」




 あー、これはワガママを言う前兆だな。ほっぺたを膨らませてまぁ可愛い。だが、アイナを説得できるのは俺だけだろうし、これは説得しなきゃならない。そして、アイナは納得しなくてはならない。




「あなたは弱くなんかないわ」


「いいえ、弱いです。このままでは皆さんに迷惑をかけることになるでしょう」


「その時はわたくしが守るわ」


「それでは駄目なのです」




 誰かを守りながら戦うことは簡単ではない。今はまだ対処できるが、敵が強くなればそれも難しくなる。俺はステータスが打ち止めであり、ステータスの差は開くばかりだ。それでは何時か俺か俺を守ろうとした誰かが死ぬかもしれない。ならば、今俺がパーティから抜けるのが最良の結果に繋がるだろう。




「なら、わたくしも抜けるわ」


「それは絶対にいけません。私に天導さんの才能を殺させないでください」




 それは絶対にやめてくれ。アイナに縋ってその才能を腐らせるような大人に成り下がりたくはない。大人ってのは子どもの踏み台になることは厭わなくても、子どもを杖にしちゃ駄目なんだよ。少なくとも俺はそんなダサい大人になったつもりはない。




「……っ」




 反論がなくなった。アイナが俺になついているのは知っている。だからこそ、アイナは俺を贔屓目に見てしまい、俺が弱いことを認めたくないのだろう。だが、頭では理解してるんだろうな。




「九城さん、一つご質問をしても?」


「構いません」


「私の代わりに誰が入るのでしょうか?」




 これは聞いておかなければならない。これからの爽やか君のパーティに俺がいないのだ。アイナを泣かせるような輩でないことくらいは確認しておきたい。




「三島さんという女性の方が入る予定です。彼女のパーティは既に41層に到達しているので実力は問題ありません。天導さんともお知り合いだと伺っています」




 さすが爽やか君。俺の質問の意図を正確に察知してくれるから話が早いぜ。俺の知らない名前だが、アイナの同性で知り合いなら問題なかろう。




「そうでしたか。安心しました」


「これぐらいなら何でもありません」


「お話は以上でしょうか? 他に何もないならば戻りますが」




 話はないようだな。一番難航するであろうアイナの説得が恙なく終わったんだから当然か。じゃ、用もないから帰ろうかね。


 俺とアイナは会議室を後にした。その間アイナは無言だった。

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