第107話 人生そう簡単にはいかないか

「だぁ~、結局手掛かりナシかぁ。しんどいわぁ」




 いやー、久しぶりの読書に夢中になってレベル上限のこととか忘れてたわけじゃないから。ほら、脳にも休憩って必要じゃん? それだよ。しかし、結構頑張って探したんだけどなぁ。途中で見つけた冒険の日記みたいなのが面白いのが悪い。つまり、俺は悪くないってことさ。




「明日も行くか? ……アイナ次第だな」




 アイナに俺がレベル上限だとは知られたくない。そのうちバレるだろうけど、俺も男だ。弱い姿なんて見せられるかよ。


 俺が自室でうだうだしていると部屋のドアが開いた。ノックもしない人間は一人だけだ。




「おかえり、アイナ」


「ただいまよ、あなた!」




 おう、随分とハイテンションだな。そんなにお出かけが楽しかったか? 何? おっさんといるよりはマシに決まってんだろ? やかましい! そんなこと知ってるわ。




「ねぇねぇ、聞いてちょうだい。最初に向かったのはね……」




 あ、コレ話が長くなるヤツだ。まだ晩飯食ってないんだよなぁ。へー、お洒落なカフェでお話ししたの。そこで出てきたジュースが美味しかったのね。お菓子もあったのか。よかったね。




「それでね、次はお洋服を見に行ったの」




 あ、ハイ。ソウデスカ。いろいろ買ったのね。似合っているか見てほしい? アイナは何着ても似合うよ。世界の常識がひっくり返ってもそれは不変の真理だよ。うん、うん。服選びが楽しくて昼飯食べるのが遅くなったのかぁ。連れていかれなくてよかったぜ。俺は途中で音を上げる自信がある。




「昼食も美味しかったのよ!」




 マジ? この街ってか世界に美味い店とかあるの? シェフとタメ張るレベルで美味い? 場所だけ教えてくれよ。今度行くから。で、フムフム。ちょっとお高いけど味もしっかりついていながら、かと言って濃すぎたりスパイスが効きすぎたりってことはなく、本当に美味しいのか。想像しただけで腹減ってくるな。いい時間だし晩飯でも食べるか。


 アイナも晩飯はまだだったらしく、二人で食堂に行く。その間もアイナの話は終わらない。




「その後は劇場に行ったのよ。とても感動したわ」




 劇場? そんなものがあるのかよ。それって貴族とか関係なしに見れるものなのか。で、内容は男冒険者が貴族の娘を射止めるためにダンジョンを攻略して強さを示し、財宝を持ち帰ることで貴族から結婚を認められる話ですか。つまりラブコメですね。俺は興味ないかなぁ。縁遠い話だし。




「最後は整備された公園でのんびりしたわ。この街にも公園なんてあったのよ」




 へー、それは意外だ。公園なんていわば娯楽の極致みたいなものだからな。土地は必要だし、整備するにも工事や庭師、維持管理にも金がかかる。貴族が庭を整えるのなら兎も角、公園を平民にも開放するなんて余程金が余っているのかもしれない。




「見たことのない色とりどりのお花が咲いて綺麗だったわ。庭木も丁寧に整えられていて、庭師のレベルも相当高いわね」




 アイナが言うなら事実だろうな。そこまでアイナに言わせる公園を見に行ってみたい気持ちはある。ま、そのうち行くだろ。行けたら行くわ。たぶん。


 晩飯を食べ終わってからもアイナのお話を聞き続けた。それはもうアイナがしゃべり疲れるまで。よほど友人ちゃんたちとのお出かけは楽しくて刺激があったようだ。とても楽しそうなアイナを見ながら、俺は嬉しさと一抹の寂しさを感じていた。




「明日も一緒に出かけることになったの。いいかしら?」


「別に構わんぞ。存分に楽しんでこい」




 一々俺に許可をとる必要なんてないんだけどな。……ハッ!? まさか、俺のことを一人でいると死んでしまうか弱いウサギみたいな存在だと思っているのか? まったく、俺を誰だと思ってやがる? 俺は会社でも学校でもぼっちだった男だぞ。一人なんて慣れっこさ。……別に泣いてねぇから。雨が降ってるのさ。




「あなたは何をしていたの?」


「俺か? ま、暇つぶしだな」




 そう、俺はミステリアスな男なのさ。謎めいていてキケンな匂いのする男とか、あー、これはモテちゃうなぁ。困っちゃう。……おい、何だその胡散臭そうな目は。アイナを見習えよ、と思ったけどアイナも同じ目をしてたわ。




「……」


「……」




 見つめあう二人。そこは甘い雰囲気が漂って……などはなく、幼女に無言のジト目で詰められるおっさんという実に情けない光景が広がっていた。


 え、何でそんなに見てくるの? そんなにおっさんの休日とか知りたいのかね。でもなぁ、言いたくないんだよなぁ。見逃してくれねぇかな? あ、無理そうですね。仕方ねぇか。




「読書だよ。読書」


「読書? 本なんてあるの? それに、あなたが読書なんてするの?」




 なんて失礼な。俺はこう見えて読書が好きだぞ。一人でもできるし、周りに友達がいなくても本を読んでいればおかしく見えない。しかも知識も付くし面白い。あぁ、読書って素晴らしい!




「ここに本なんてないから冒険者組合の資料室に行ったのさ。あと、俺には別にいいけど、他人にそんな言い方はダメだぞ」


「あなた以外には言わないわよ」


「そうか、ならいい」




 ちゃんと分別はついてるようだ。それなら問題ないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る