第104話 適度なギミックは楽しい
あれからどれほど時間が経過したのだろうか。幾百幾千の戦いを越えた我々は、ついに目的の地へ到着した。思い返せば苦労の連続だった。そう最初は……ん? 俺のくだらない茶番に付き合いきれないから、時系列に沿ってわかりやすく簡素に説明しろ? なんて酷いことを言うんだ。こんな感じの冒頭ってみんな好きでしょ? え? 俺の場合はクソつまらない? ……それはちょっとショックだわ。
「ようやく、ですね」
「2週間もダンジョンに籠りっきりだと疲れるな」
「せめて寝具くらいもっと良いものにしないと、疲れが抜けきらないぞ」
そう、俺たちは今40層のボス部屋前にいる。38層で出くわしたパーティたちと意気投合して攻略を行い、ボス部屋の順番待ちをしていたのだ。彼らが勝ったのはわからない。戦闘時間は長かったので、開始早々全滅とかはしていないと思う。彼らが勝ったことを祈ろう。
「エリアボスに挑む前に再確認です。敵はイカの魔物一体のみ。ですが、複数の足で攻撃してくるので要注意です」
「俺と大和が本体を攻撃するんだろ?」
「で、俺と九城さんがイカゲソを攻撃する」
「わたくしと神崎が全体の援護でよかったかしら?」
「はい、問題ありません」
え? 俺も戦力に数えられてる感じですか? 俺の得意技は逃げることなんだけどな。あとはヘイト集めはプロです。突っ立てるだけで因縁を吹っ掛けられるんだもの。
「如何に早く足を倒すことが攻略の鍵です。大変かもしれませんが頑張りましょう!」
爽やか君の言葉に各々が反応してボス部屋に入る。床全体が浅く浸水していて、中央に5メートルくらいありそうな穴が、部屋の至る所に1メートルくらいの穴が開いていた。
「中央に本体、他は足が出てくる穴でしょうね」
「予想と違いますね。少し陣形を変更します!」
爽やか君は法術を使って全員にバフを掛けながらすぐさま戦略を変更して指示を出す。当初は中央に島があり、魔物が島の外部から襲って来ると想定して計画を立てていた。それが根底から覆された形であるのに、爽やか君の指示に淀みはない。アイナも静かに頷いているので問題はなさそうだ。
6人で固まって背後を固めるのではなく、それぞれの役割同士で背後を預けるようになるのか。後ろがアイナなら安心だ。強いし。あ、イカが出てきた。
「来ました!」
「デカいな……。ダイオウイカってこんな感じなのか」
「スルメが食いたくなってきた」
なんか気の抜ける会話だなぁ。これが強者の余裕ってやつか……。すごいなぁ、いかくん食べたくなってくるぞ。
俺は心の中で涎を垂らしながらエリアボスのイカを見た。何というか、絶妙にデフォルメされたリアルなイカって感じだ。身体の表面には薄っすらと膜が見える。これがダメージ軽減の役割をしてんだろうな。
「……バァッ……! ペッ! クソッたれ。水が掛かったじゃねぇかよ」
小さい方の穴からイカゲソが勢いよく出てきたせいで、思いっきり水飛沫を浴びてしまった。おかげで口の中が塩辛い。アイナは俺を盾にして避けたし、爽やか君と門番君は華麗に回避していた。まともに食らったのは俺だけらしい。
「このイカゲソがぁ……!」
俺は魔力の刃を形成した棒で目の前のイカゲソを切断する。意外にも容易に切断できたイカゲソは倒れると同時に水飛沫を上げて再び俺をびしょ濡れにしてきた。
「……」
「……うふふ」
笑いごとじゃないぞ、アイナ。俺は顔が濡れると力が出ないんだ。新しい顔に代えてもらわないといけない。ヘイ、Mr.ジャム。イケメンの顔1つ。ってふざけてる場合じゃない。こちとらパンツまで濡れて気分が悪いんだ。許さねぇかんな。
俺は武器に魔力を込めて超大型の刃を形成した。あの硬さならそこまで強固な刃を形成する必要はないので多少は楽だ。そして、アイナにしゃがむように言ってからそれを横薙ぎに一回転する。たったそれだけで範囲内にあったイカゲソを全て切断完了した。
「それってそんなこともできるのね」
「すごいだろ?」
「すごいわ。わたくしの柄ちゃんも改良できないの?」
「できるぞ」
「本当? やったわ!」
おーい、俺は一言も改良するなんて言ってないぞ。いや、するけど。
アイナは喜び勇んで俺の攻撃範囲外のイカゲソを氷漬けにしてしまう。爽やか君たちの方もイカゲソを処理し終わったようで、本体が纏っていた膜が消失した。そこに、イケおじと髭熊の猛攻が叩き込まれる。
うわぁ、やべーわ。道中の魔物相手だと、どれだけ手を抜いてたかよくわかる。二人の姿が早送りみたいな動きに見えるし、武器とかは速度が乗ると早すぎて認識しきれない。強い装備で固めた俺が霞んで見えるよ。
「イカがタコ殴りされてる。これイカに」
「うふっ……」
おやおやおや? アイナさんはおやじギャグがお好みなのかい? おっとぉ、皆さんの声が聞こえてきたぞ。なになに? 「さむ」「寒すぎて草も生えない」「南極の方がマシ」「液体窒素が凍りそう」「シンプルにつまらない」……そこまで言わなくてもねぇ?
アイナが笑いを堪えている間に、俺は次のイカゲソを刈り取るための下準備をしておくことにした。
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