第81話 睨んでないから

 俺の気配探知に嫌な気配が近づいている感覚があった。敵意を含んだその気配は俺たち目掛けて一直線に走ってくる。数は4だ。




「アイナ、何かくるぞ」


「え? 魔物かしら?」


「人間」


「そうなの? ……あれね」




 アイナは周囲を見回してこちらに走ってくる人影を発見する。このだだっ広い草原では気配探知の外から目視できるようだ。




「どうする? 逃げるか?」


「いいえ。今度こそ力の差を分からせてあげるべきね」




 は? 今度こそってどういうことだってばよ。面識ある人なのか? 敵意があるってことは俺たちのグループの人間ではないことは確実だろう。一体誰だ?


 俺はこちらに向かって走ってくる人影に注意を向ける。じーっと見つめるが、その顔に見覚えはない。彼らは俺たちの前で止まり、息を切らしながら第一声を発した。




「ハァ……やっと……ハァ……見つけたぞ……」


「……どちら様でしょうか?」




 俺の言葉に、信じられないって顔で視線が集中した。やだ、恥ずかしい。ってアイナも何で俺を見てんだよ。知り合いか?




「あなた、10層で絡んできた人たちよ」


「……あぁ、覚えていない」


「何で納得した、みたいな声を出したのよ」




 だって覚えてないんだもん。興味ないし。俺の少ない脳内メモリを無駄なことに割く余裕はないんだよ。うんうん。みんなから賛同の声が聞こえてくるね。




「てめぇ……。ふざけやがって!」


「それはこっちのセリフですよ。一々絡んできてふざけないでください。あなた方のような暇人に割く時間は無いのです」




 絡んできた彼らは俺を睨みつけてきた。でも、俺の方が強いことがわかっている以上、怖くない。可哀そうに。




「てめぇ、睨んでんじゃねぇぞ!」




 ハァ? 睨んでないし。自意識過剰だろ。俺は普通に見てるだけですぅ。勘違いしないでよね。ん? お前の目つきは殺人級に悪いだろって? しかもガチで人殺してるじゃんって? いや、ほら、あれは……そう! 正当防衛だから。




「クソッ、何とか言ったら……」


「ぴーぴーうるさいですね。用件は何でしょう?」




 俺はアイナとダンジョン攻略しなきゃならんのだ。こんなところで無駄な体力なんて使いたくない。さっさと用件を言ってもらえんかな。


 俺の発言に先頭の少年は何か言おうとして口を閉じる。そして、アイナをチラチラとみて顔を真っ赤に染めた。


 はー、そういうこと。青春だねぇ。俺にはなかったけどねぇ。しかし、アイナにお前みたいな不良が近づこうとは、お父さんが許しませんからね。




「そ、その……えっと……」


「用がないのなら何処かに行ってくださる?」




 アイナは少年の態度にイラついたのか、塩対応だ。


 うん。少年、脈無しっぽいぞ。


 そんなアイナの態度に慌てて少年は自らの想いを口にした。




「じ、実は……君のことが、す、好きです……」


「わたくしは興味ありませんわ」




 少年の恋心は無残に砕け散った。好き嫌いとかではなく、興味なしというある種、一番きつい言葉を受けて少年は固まった。


 かー、メシウマとはこのことか! 朝飯でも食べれそうな気がしてきた。他人の不幸は蜜の味とはよく言ったもんだ。アイナが傷付くならブチギレるが、印象の悪い少年ならどうなったっていいや。


 固まっていた少年は次第に小刻みに震え始め、仕舞いには俺を射殺さんばかりの視線で睨みつけてきた。




「お前のせいだ! お前はいったいこの人の何なんだ!」




 何故、俺はキレられているのだろうか。最近の若もんはようわからん。カルシウム不足か? 牛乳飲め。そしてアイナ、なんて答えればいいか教えてくれ。




「あら? あなたはわたくしの何なのかしら?」




 おいー! 何でアイナは楽しそうなんだよ! たくよぉ、それは俺が知りたいんだが? 仕方ねぇ、適当に煙に巻くか。




「私は彼女の保護者みたいなものですよ」


「保護者……」


「保護者、ねぇ……」




 うわぉ、アイナの機嫌が直滑降で悪くなったぞ。何でだ。実際、保護者みたいなもんだろうがよ。何か間違いあんのか。




「なら俺と勝負しろ! 俺が勝ったら彼女を貰う!」




 は? 何言ってんの、このガキ。お前みたいな碌でもないガキにアイナを渡すわけないだろ。そもそも、どうするかはアイナが決めることだ。現時点でお前についていかないってことは、結論が出てんだよ。


 俺は少しばかり腹が立ったので、大人げなく本気を出した。身体強化をして一瞬のうちに間合いを詰めて、少年を柔道の投げ技のように投げて地面に組み伏せる。片手で首を握り、しれっと抜いたナイフを目に突きつけて終了だ。少年の取り巻きが何か言っているが無視だ。




「がっ……」


「勝負でしたよね? 何度も絡まれるのも面倒なので、この場で始末しましょうか? ダンジョン内ならば死体を片付ける手間もありませんし」


「な……!」


「いいですか? 私は彼女を守るためなら卑怯や卑劣と呼ばれようと構いません。あなたにそれだけのことができますか? 覚悟はありますか?」




 目が泳いだな。そんな気概もなくアイナを貰うとか言ってんじゃねぇよ。




「何の覚悟もないようなお子様が、二度とちょっかい掛けんじゃねぇぞ」




 ドスの利いた声で素の口調がでちゃったが結果オーライ。少年は気絶した。これだけ脅しておけばもう来ないだろう。ついでに取り巻きも脅しておくか。




「てめぇらもだ。次来たら殺す」




 はい、終了。誰も外傷はなく五体満足で平和的に解決できた。


 気絶した少年を引きずって取り巻きたちは去っていった。




「うふふふ」




 アイナは嬉しそうに笑っていた。機嫌がジェットコースターみたいだ。思春期の子供は難しい。

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