第82話 経験値が欲しい
あの後、アイナの機嫌は最高潮だった。ハイペースで攻略しながら進み、階段を見つけては下りるを繰り返す。ただでさえ広い階層だったが、目視と気配探知で冒険者や魔物の位置を特定し、それらの密度やらなんやらで階段の位置を推測して攻略していった。
「この層にも宝箱とか存在するんだろうか?」
「こんな魔物が弱い層の宝箱なんてたかが知れているわ」
「錬金術の素材には使えるんだよ」
高品質な素材はいいアイテムを作るには必須だ。ダンジョンの宝箱から出てくるアイテムはそこらで売っている物より品質がいい。店で高品質の品物を買おうとすると、目玉が飛び出るような金額を要求される。できることならタダで欲しい。
「そうねぇ……」
「たまには寄り道もいいだろう? 楽しいぜ?」
アイナは学校帰りに寄り道とかしたことないだろうから想像しにくいのかもしれないな。丁度いい。コンビニで買ったホットスナックを片手に、知らない道を歩く楽しさを教えてやろう。
「人の位置から推測すると……」
「おっと、推測とかはナシだ。魔物には気を付けるが、適当に歩くのが醍醐味なんだよ」
「そういうものなの?」
「そういうもんだ」
俺はアイナを伴って、冒険者のいなさそうな方向へ歩く。昼飯代わりにシェフの焼いたパンを口に咥えながら魔物を狩っていく。
「歩きながら食事をとるなんて……」
「ふぁふぁふぁー」
「パンを加えながら喋らないでちょうだい」
「……ん。これが食べ歩きってやつだ。祭りだとみんなこんな感じだぞ。って串焼きの時もやってたじゃんかよ」
「……はっ!」
忘れてたのかよ。うっかりさんだなぁ。ま、迷宮都市に来たばかりで色々あって気が動転していたんだろうな。
何とか言い訳をしようとわたわたしているアイナにもパンを渡して食べるように勧める。アイナはパンを貰うと少し間をおいてから口にした。
「美味しいわ」
シェフが作っただけでも美味しいパンに、外で食べるというスパイスが加われば最強だ。キャンプ飯が一層うまく感じるのはそういう原理だ。
そんなこんなで歩いていると周囲に人の気配はいなくなり、代わりに魔物が密集している場所が確認できた。
「何か集まってんな。宝箱か?」
明らかに周囲よりも魔物が集まっていて、中心には強そうな気配がある。その方向を見ても揺れる草しかないので、グラスピューマあたりが隠れているのだろう。強そうな気配はその上位種的な存在か?
「どうやって倒すかね?」
「わたくしがやりましょうか?」
「できれば経験を積むことを考えて、大規模魔法を使わず倒したい」
最近はハメ技や強い魔法で殲滅してばかりで、戦闘経験が積めていない気がする。宿屋暮らしでは訓練をする暇なんてなかったので、体が鈍っていると思うのだ。
「ならあなたが突撃すればよろしくてよ?」
「アイナが一人になるだろ?」
幼女を一人にするのは気が引けるんだよ。俺の方が確実に弱いけど。いやね、大人として子供を危険な場所に一人にさせるなんてできねぇだろ。
「な……何言っているのよ! おバカ! あなたがいなくても自衛くらい余裕よ!」
何故、怒られた? てかそうだよな。俺如きがアイナの心配するとか烏滸がましいな。ぐすん。ちょっと傷付いた。八つ当たりしてくる。
俺はアイナに突撃してくることを伝えてから、外縁にいる一匹にこっそり近づいていく。隠密のスキルのおかげか、まったく気が付かれることなく接近できた。
やっぱりグラスピューマか。気持ちよさそうに寝てやがる。背後から首ちょんぱだな。このこそこそ隠れて戦う系統のゲームは得意だったんだ。少しアイナを見返してやろう。タイミングを見計らって……ほらよ!
「……! バレた!? 血の匂いか!」
目の前の一匹の首を刎ねる事には成功した。槍のスキルである魔力強化も使っていたので、豆腐を切るより簡単にグラスピューマの首を刈り取れた。音もほとんどしなかったが、噴き出る黒っぽい血の匂いが風に運ばれてしまったらしい。
「ったくよぉ。計画変更だ。かかってこいドラ猫風情がァ!」
びゃあぁぁぁ! むっちゃ来るじゃん。奥の大きいヤツは牙がヤバいくらい伸びてる。サーベルタイガーかな?
「てめぇら卑怯だぞ! 一人に寄ってたかって、武士の風上にも置けんな! のうっ!? あっぶねぇ! 噛みつくなんて野蛮すぎるだろ! いやぁー!」
俺は身体強化も最低限にして、跳びかかってくるドラ猫共の首を器用に狙っていく。途中で情けない声が出た気がするが気のせいだ。訓練みたいに上手に避けることができず地面を転がるように回避したり、それでも躱しきれずに爪が掠ったりする。
「はぁ……どうだ……参ったか……」
はー、きつかった。正確に首だけを狙うのはやり過ぎた。技術向上のためもあるけど、買い取りの査定額が大きく変わるからって欲張り過ぎだな。命あっての物種だし、もうちょっと自分の命のことを考えねば。
「お? やるか? 手下は全滅したぞ。かかってこいドラ猫が」
でかいグラスピューマが重い腰を上げた。同時に熱い勝負の幕も上がった。
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