第79話 自室って落ち着くわー

「あぁ~……」




 机に突っ伏してダラダラするのがこんなに楽しいとは思わなかったぜ。ここ最近、一人の時間が全くなくて辟易してたんだ。宿代のためにダンジョンに毎日潜る生活はおさらばだ。


 そんなふうに俺が贅沢な時間の使い方をしていると、ドアが開いてアイナが入ってくる。




「どうした?」


「なんか、落ち着かなくて……」




 はーん、わかったぞ? 何だかんだずっと誰かが横にいたからな。急に一人になって寂しくなったんだろ? この短期間で環境がコロコロ変わると大変だ。無駄に長生きしている分、大人の俺の方が、環境が変わることに慣れているのだろう。




「ま、ココアでも飲んで一息入れるか?」


「そうするわ」




 俺はココアを手早く作ってアイナの前に差し出す。アイナは上品な動作でカップに口を付けた。




「……美味しい」


「そりゃどうも」




 しばらくの間、アイナがココアを飲む光景を黙って楽しむ。


 うーむ、素晴らしい。このままこの風景を切り取って額縁に収めたいな。カメラでも作ろうかな? だけど、生で見るからこその素晴らしさであって、写真に収めたとしても他人に伝わらないだろうなぁ。まてよ? 何で他人に見せる必要があるんだ? 俺の目に焼き付けておけば良くないか? そうだな。そうしよう。




「……何よ?」




 あ、俺がじっと見ているのがバレた。気まずいな。適当に話題振るか。




「ん? 家を手に入れた以上、宿代のために毎日ダンジョンに挑む必要はなくなったな、と思って」


「あら? ダンジョンには行くわよ。宿屋の時間に振り回されない分、探索が進みそうね」




 ……これ以上のハイペースで攻略するつもりか。この数日はこの屋敷関連でダンジョン攻略できてなかったから、暴れたりないのかもしれない。




「どちらにせよ、明日は休みだな」


「何でよ?」


「生産職の部屋を整える必要があるからな。錬金術の作業台とか鍋とかも作っておかないと、俺の仕事が減らないし」




 現状、スクロールの製作を一手に担っているのが俺なのだ。あの状況で作業台などを持ち出せたのが俺だけだったので仕方ないが、紙とかインクとかも俺が作っているので、本当に忙しい。アイナは知らないことだが、アイナが寝静まった後に頭痛で死にそうになりながら作っているのだ。




「それだと丸1日暇じゃない」


「榊原さんに料理でも作ってもらえよ」


「むーっ」




 あらあら、ずいぶん元気になったな。これなら問題なさそうだ。




「ほらほら、飯でも食いに行くぞ」




 ついでに食堂がどうなっているか見に行こう。家具とか買ったのだろうか。そんな金があるのかは知らないけど。


 俺たちはキッチンに併設された食堂に向かった。本来はキッチンと食堂は繋がっていなかったが、改装されて今の形になっている。他にも元の屋敷とはかなり変わっているところが多々あるらしい。




「見事に何もないわね」


「がらんどうってのはこういうのを言うんだな」


「お、神崎じゃないか。いいところに来てくれた」




 おや? シェフがやって来たぞ。俺に何か用かしら?




「何でしょうか?」


「九城から聞いたが、テーブルと椅子を持っているそうじゃないか。余っているなら分けて欲しい」




 テーブルや椅子は一つ一つ職人が手作りしていて、数をそろえようとすると金と時間がアホみたいにかかる。なので、できる事ならそれらを節約したいそうだ。


 理由はわかった。でも、俺に利益がほとんどなくないか、それ。ここ最近はサービス精神で色々やっていたけど、いい加減対価を頂かなければ。爽やか君にツケておこう。


 俺は仕方なくテーブルと椅子を取り出す。流石に数が足りなかったので、複数種類があるのは大目に見てもらうこととする。




「これなら全員同時でも大丈夫だ。ありがとう」


「どういたしまして。ということで、早速食事をお願いできますか?」


「ちょっと待ってな。とびきりのご馳走を用意してやるよ」




 迷宮都市の市場に何度も足を運んで手に入れた食材があるので、サバイバルしていた頃に比べて格段に良い料理ができるそうだ。


 すぐにキッチンから包丁のリズミカルな音が聞こえ、いい匂いが漂ってくる。そして、でき上った料理が運ばれてきた。




「すごく美味しいわ」


「美味い」




 なんかよくわからないサラダと美味しいソースのかかったステーキもどき。スープも付いていて、なかなかに量があったと思ったが、ぺろりと平らげてしまった。




「ご馳走様でした」


「良い食いっぷりだったね。料理人冥利に尽きるよ」


「他のお料理も期待しているわ」




 食後のティータイムを楽しんでいると、食堂から漂ういい匂いに釣られたのか人がなだれ込んでくる。シェフは忙しくキッチンで作業し始めたので、俺とアイナはお暇することにした。




「午後からどうするかね?」


「明日もお休みなのでしょう? ならお買い物に行きましょう。榊原さんの料理が食べられるようになったのだから、市場を見に行きたいわ」




 お嬢様を突き動かすのは食欲らしい。

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