第75話 適正レベルを守ろう

「神崎さんたちも到着したんですね」


「ええ、何とか」


「ははっ、それは謙遜ですよ。私たちでも簡単に到達できたんですから」




 いやいや、アイナが精神的に大ダメージを負ったぞ。転移してから1、2を争う大ダメージだ。俺もハイペース攻略で体力的にキツイし。




「それにしても、この行列がエリアボスの挑戦者たちですか?」


「はい。エリアボスは1パーティずつで攻略しなければならないそうです。場合によってはレイドと呼ばれる複数パーティでの攻略もあったりしますが、ここは違うようです」




 へー、そうなんだー。ぼっちの俺には関係ないかなぁ。レイドとか絶対面倒じゃん。




「10層のエリアボスはどんな魔物なんでしょうかね?」


「ホブゴブリンが4匹とゴブリンが6匹だそうです」


「……弱すぎませんか?」




 口から思ったことが漏れ出ちゃった。何人かの冒険者が睨んでくるが、営業スマイルで迎撃する。はい、俺の勝ち。




「このダンジョンは幾つもあるダンジョンの中でもトップクラスに攻略しやすいそうです。しかも巨大で未踏破というのも相まって、初心者から上級者まで集まると聞きました」




 何となぁ、ご都合主義なダンジョンなのでしょう。これは、あれか? 異世界ものの中でもダンジョン系のやつによくある裏事情が関わってんのかもな。人が集まらないとダンジョンが成長しないとか。




「適正レベルと言われる指標が各ダンジョンにあって、ここは階層が適正レベルとなっています」




 そんなのあるんだ。その適正レベルを考えると、俺は17層までは普通に攻略できるのか。でも、アイナみたいなレベル詐欺には当てにならんな。明らかにレベルに対してステータスが高そうだし。


 そんな風に雑談していると、爽やか君のパーティがエリアボスに挑む番になる。




「いってらっしゃい」


「行ってきます」




 爽やか君のパーティが部屋に入ると、自動的に扉がしまる。この扉は自動ドアだったようだ。




「暇ね」


「君、なら俺たちと組まない?」




 は? 文脈が理解出来ねぇ、と思った諸君。安心してくれ。俺もだ。アイナですら目を丸くしている。


 アイナは後ろを振り向いていきなり話しかけてきた男の方を見る。そこには若い5人のパーティがいた。男3女2のパーティだ。先頭の如何にも学級崩壊を引き起こしそうな少年がアイナに話しかけたようだ。




「……よく聞こえなかったわ」


「だから、そんな弱いおっさんなんかより俺たちと組もうぜ」




 誰が弱くて目つきが悪くてレベル上限の低い禿げたおっさんか! 最後以外は本当か……。ぐすん。おっさん悲しくなっちまうよ。


 俺が地味に精神的ダメージを受けている中、アイナはスッと目を細めて口は微笑を形作る。年齢に釣り合わないような見惚れるほどの美しさを前に、少年だけでなくパーティ全員が息を呑むのがわかった。


 おぉー怖。アイナの本当の笑顔は可愛らしいのだが、この笑顔は俺の営業スマイルと同じ部類だ。つまるところ、気を許していない相手に向ける偽りの笑顔である。




「何故わたくしが弱くて、頼りなくて、つまらない人たちと行動を共にしなければならないのですか?」




 とても気着心地の良い声で毒を吐くアイナに、5人は唖然とした顔になる。酸欠の金魚のように口をパクパクした後、言葉の意味を理解して顔を真っ赤にした。先頭の少年は頭に血が上ったのか、剣を抜いてアイナに切りかかる。




「剣を振り下ろすかはどうかはお任せしますが、お勧めはしませんよ」




 俺は少年の首に槍の切っ先を向ける。槍を1センチでも前に出せば、穂先が首に刺さるだろう。確実に言えるのは、少年が剣を振り下ろすよりも死ぬ方が早いという事だ。




「あら? 弱いと言っていた相手に情けをかけられて恥ずかしくないのかしら?」




 コラッ! 不必要に相手を煽るんじゃありません! それは俺の特権です!


 少年は怒りで震えながらも剣を下ろした。多少は冷静だったようだ。少年のパーティも含めて物凄く睨まれているが、営業スマイルで受け流す。と、ここでエリアボスの扉が開く。流石、爽やか君のパーティだ。瞬殺だったんだろう。


 アイナよ、煽りの真髄をいうものを見せてやろう。




「相手の力量もわからないゴブリンのような強さでしかないのですから、もう少し学習をしたらどうですか? おっと失礼。ゴブリン程度の知能では理解できませんよね。失念していました。私はゴブリンの言葉はわかりませんので2度と話しかけないでください」




 一方的に話を打ち切って、俺はアイナの手を取ってエリアボスに挑む。閉じる扉の向こうで少年たちが何か言っていたが、俺にゴブリン語は理解できないので無視一択だ。




「スカッとしたわ。あなた、煽るのが上手ね」


「そりゃどうも」




 あー、イキった阿呆を煽るの楽しい。でも、アイナの教育に悪いな。自重しよ。


 扉が完全に閉まると、俺たちの少し向こうで床が光る。そこからホブゴブリンとゴブリンの集団が現れた。情報通りの数だ。そして、アイナが燃やし尽くして終了。角だけは残すという器用な技で素材回収は簡単にできた。


 うん。適正レベルを守らないと戦いにすらならないね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る