第71話 おっさん、頑張る

 俺は傷付いたので、早々に話題を変える。これ以上はもっと傷口が広がりそうだからだ。




「ところで九城さんたちも帰宅ですか?」


「ええ。7層まで行けました。でも、そこまで行くと戻ってくるのが大変ですね」


「転移石を使えばよろしいのでは?」


「……はっ!」




 はっ! じゃねぇよ。爽やか君が言ったんじゃないか。そして、後ろの女子はキャーキャーうるさい。ギャップ萌えとか言ってんじゃないよ。禿げたおっさんが同じことしたら罵詈雑言しか言わないくせに。




「忘れていました」


「地球にはなかったものですから、すぐには慣れませんよ」


「そう言ってもらえると助かります」




 言ったな? 助かったんならお礼を貰わないとなぁ? なぁに、悪いことは言わねぇよ。




「そういえば7層まで行ったとおっしゃっていましたが、どんな変化がありましたか?」


「相変わらずここと同じような洞窟でした。魔物は種類が増えましたね。ホブゴブリンにウルフ、ホーンラビットなどが多かったです。それに、10層にはエリアボスと呼ばれる強い魔物がいるそうです」




 ほー、エリアボスか。そそられるじゃん。倒すとレアアイテムでも手に入るのかしら? どちらにせよ速攻で攻略だな。あー、早く帰りたくなってきた。




「情報ありがとうございます。帰り次第、攻略準備に取り掛かります。あぁ、それとおすすめの宿屋を知りませんか?」


「それでしたら、組合の受付の子がおすすめしてくれた場所があります」




 爽やか君はナンパした受付嬢から聞き出した宿を教えてくれた。初心者が泊まるには少し値が張るものの、今の俺たちには問題ない。




「大和さんと村正さんには私は伝えておきますので、神崎さんはすぐに宿を変えてもいいですよ」


「それではお言葉に甘えさせてもらいましょう」




 そんなやり取りをしながら爽やか君たちとダンジョンから帰る。アイナは爽やか君と俺が話している間、終止不機嫌だった。自身が好きではない人が近くに入っるのが嫌なのだろう。俺もそうだし。




「では、私たちはここで」


「お疲れ様です」




 俺とアイナは冒険者組合の出張所はスルーして、お勧めしてもらった宿に向かう。荷物はマジックバッグに放り込んであるので問題ない。ノブタの換金は後回しだ。




「ここか?」


「名前も合っているから、きっとそうよ」




 俺の泊まっていたスライム亭よりも立派な建物が、爽やか君から教えてもらった“はるかぜ亭”だ。


 ……店員が落語家なのだろうか? 話し上手でお金を持っていかれるのかもしれない。


 中に入ると一階は受付、その隣に食堂というスタイルだった。俺は受付に座っていたおじさんに話しかける。




「宿泊したいのですが、部屋は空いていますか?」


「あぁ? 空いてるぜ?」


「それでは1人部屋を2つ……」


「2人部屋を1つよ」




 俺が話している最中にアイナが会話をインターセプトしてきた。俺とおじさんの視線がアイナに向いた後、目が合った。




「このガキは連れか?」


「そうですが……いいんですか?」


「あら? ダメなの?」




 いやいや、年頃の女の子がおっさんと同室とか、普通は嫌がるじゃん。世界中のお父さんは反抗期に入った娘への対応に四苦八苦しているんだぞ。俺はキモいとか臭いとか言われたら泣いちゃう。頑張れ、世界中のお父さん。


 結局、アイナに押し切られて同室になった。2部屋とるよりも若干安くなったのは良かったが、独りの時間は消滅した。




「ベッドはマシね。でもキャンプグッズの方が寝やすいわ」




 アイナは姑も真っ青な厳しさで部屋を採点していく。結果は60点。赤点は回避したようだ。




「ま、のんびりできる部屋はありがたいね。錬金術も人目を気にせず使えるし」


「凄いのだから、堂々と使えば良いのではないかしら?」


「目立つと面倒事に巻き込まれるんだよ」




 地球で働いていた時は特にそうだった。全員が足並みそろえて、と言えば聞こえはいいが、少しでも目立つとクソ上司からの嫌がらせの対象になる。嫌がらせ筆頭だった俺が言うんだから間違いない。




「面倒事なんてすぐに解決してしまえばいいじゃない」




 それ言えるのはアイナだからだ。凡人of凡人の俺には無理だぜ。権力の前に凡人はひれ伏すしかないんだよ。




「まぁいいわ。じゃ、はい」


「あん? あー、作れと」




 アイナが取り出したのは衣装のデザインだ。防寒用装備と普段使い用の二つがある。ちゃんと俺の分もデザインしてくれたようだ。アイナ用は全体的に可愛らしさを押し出したデザインになっている。対して、俺用の衣装は実にアレだった。


 黒いロングコートで、なんかいっぱいジャラジャラついてるし。俺は中二病は卒業したんだ。頼むから古傷を抉らないでくれ。心が痛い。




「どうかしら?」




 うっ……。そんな期待の眼差しで見ないでくれ。断りづらいじゃないか。……えぇい、儘よ。こうなったらやってやろうじゃないか! 中二病ってやつをよぉ! 俺の封印された魂を呼び覚ましてやる。




「いいと思うぞ」


「そう? あなたに似合うと思ったのよ」




 決めた。素材不足とか理由つけてジャラジャラを減らそう。俺の心が持たねぇぜ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る