第64話 快適という哲学

 店員は美人だった。長い髪を後ろでまとめて団子にしている。




「うーん、あなたの着ている服の方は見たことないわね。刺繍やレースも歪みがなく均一で、飾り気はあるのに動きを邪魔しないし、しかもスキル付きか……。凄い……」




 何、この人? 愛想よく挨拶したと思ったら、急に真顔になって独り言を言い始めたんですけど。アイナがドン引きしてんじゃん。




「ねぇ、この服を作った人は誰? 教えて?」




 店員はアイナの方を掴み、威圧感のある笑顔で迫る。アイナは目を白黒させて気が動転しているので、仕方なく俺が前に出る。


 俺は店員の腕を掴んで営業スマイルを張り付ける。そして、店員が怯んだ隙を見て、アイナから引きはがした。




「……あたしはこの子に聞いてるんだけど?」


「子供に掴みかかる人に教えることなんてありませんね」




 ほう? 俺の営業スマイルに歯向かうか? 気骨ある店員のようだ。だが、立場を弁えてもらおう。大人が子供に食って掛かるような絵面は許せない。アイナが詰め寄られて硬直したのを、俺は見逃してはいない。


 店員は俺の言葉にハッとしたような顔をしてから、気まずそうに目を逸らした。




「……その通りね。やり過ぎたわ」




 あら、だいぶ素直じゃない。面倒事にならずにすんで良かったけど。




「で、その服の作者って誰?」




 コイツ、反省してんのか? 掴みかかるなって言ったのに、俺に掴みかかるとは何事か。大人だからいいわけではないぞ。でも、胸が当たってるから許す。




「ちょっと?」


「……は?」




 アイナの声がやけに涼しいな。どうした? 店員が口を開けて離れちゃったじゃないか。


 俺はブルーな気持ちになりながら振り向くと、そこには魔法を展開したアイナがいた。店員が慌てるわけだ。




「……あなた?」


「アイナ、店の中で魔法は止めなさい。危ないでしょう」




 何か言いたそうなアイナを俺は諫める。アイナは渋々魔法を解除したので、俺は代わりに頭を撫でた。万事解決だ。




「あぁ、そうだったわね。この衣装はわたくしがデザインして、彼が製作したの。これで良くて?」


「え? あ、はい!」


「ここのデザインは少し気に入ったわ。私服を注文するかもしれないから、腕を磨いておきなさい」




 わー、アイナが女王様ごっこやってるわ。凄い似合ってるし。ん? あ、もういいの? 次は武器屋が見たい? はいはい。仰せのままに。


 結局、俺たちは色々な店を回って、宿屋に戻ったのは日暮れだった。アイナを見送り、俺は“スライム亭”に入る。




「神崎、どこに行っておったんだ?」


「ダンジョンの場所を確認してきました」


「後で話を聞かせてくれ。それよりメシだ。メシ」




 イケおじたちと一階の食堂に向かう。宿泊客以外に食事だけの客もいるので、結構混んでいる。食堂の端に固まって座り、給仕の女に宿泊客ということを伝えて注文を取った。晩飯が来るまで俺たちは雑談タイムである。




「ダンジョンか。どんな場所だった?」


「中に入っていないので何とも。話を聞く限り、地下とは思えない空間があるそうです。例えば草原や、火山などです」


「一体どういう構造だ?」


「ファンタジーに理屈を求めてはいけませんよ」




 イケおじは理解できない様子でしかめっ面だが、隣の門番君は頷いていた




「何階層にも別れていて、1層から10層が洞窟エリア、11層から20層が草原エリアと呼ばれています。そして、5層ごとにボスの魔物がいるらしいです」


「まさにダンジョンって感じですね」




 弾んだ声で門番君は笑顔になる。俺の言葉を聞いていた他の人も明るい表情の人が多い。




「ダンジョンに関しては明日に向かおうと思っている。それと、九城から冒険者についての説明だ」




 冒険者はF~Sまでランク付けされており、俺たちは一番下のFランクだ。冒険者組合の建物内部にある依頼掲示板から仕事を探すも良し、ダンジョンを攻略して稼ぐも良しで自由だ。冒険者カードは一種の身分証なので、街に出入りする時は門の兵士に見せる必要がある。ランクが上がると、冒険者カードも材質が変わるそうだ。


 はー、なるほど。異世界もののテンプレと変わらんな。ご都合主義万歳。




「あまりに素行が悪いと冒険者カードを剥奪され、奴隷行きだそうだ。気を付けろ」




 おお、怖い。この世界は奴隷制度があるんだった。やんちゃはほどほどにしよう。俺は大人しくて品行方正だから大丈夫だけど。……おい、何だその目は? 事実だろ。


 後は冒険者組合の施設などの紹介で、俺が気になったのは資料室があるというとこだけだった。大方の説明が終わると、タイミングよく晩飯が運ばれてくる。薄味のスープと固いパン、茹で野菜だ。




「……食えなくはないな」


「マズいっすね」




 それを言っちゃあお終いだよ。でもまあ、美味しくねぇな。昼の串焼きの方がマシなレベルだ。量が多いのもありがたくない。


 テンションがた落ちで部屋に戻る。雑魚寝なので、固い木の床に申し訳程度の布がベッド代わりに置かれている。掛布団もペラペラだ。




「キャンプグッズがあって良かったです」




 誰かの言葉に揃って頷いた。皆の心が一つになった気がした。


 陸の孤島でサバイバルをしていた方が快適な生活だったとは思いもしなかったぜ。

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