第63話 俺は旅行で大人しいタイプ

 爽やか君はナンパした受付嬢から安くて大人数で入れる宿屋を聞き出していた。といっても38人が泊まれる宿屋はないらしく、3つの宿に別れて泊まることになった。




「では村正さん、大和さん。みんなをよろしくお願いします」


「すぐ近くじゃないか。それに、里見がやけに頼りになるから問題ないさ」


「こっちには神崎がいるのだ。さっきのを見るに、九城の方が心配になってくる」




 村正さんは女13人、イケおじは男12人、爽やか君は男13人を担当だ。男女比が男に偏っているが、転移した時点で男の方が多かったらしいので、こんなものである。


 金を三等分してそれぞれの宿屋に向かう。俺たちが泊まる宿屋は“スライム亭”だ。ネーミングセンスを疑うが、この界隈ではかなり大きな宿屋らしい。


 イケおじが受付で金を払い、言われた部屋に向かう。一階の一番奥にある雑魚寝用の大部屋だ。




「12人だとちと狭いが、貸し切りにできた分安く済んだ。朝と晩はメシが付く。一階の食堂で食べられるぞ」




 イケおじは大銅貨一枚を全員に配る。夕食までには時間があるので、街を見て回る時のお小遣いだ。残りの金はイケおじが管理する。




「ここに残るヤツは荷物番だ。全員が出て行くならこの部屋の鍵はフロントに預けろ。わかったな?」




 まばらな返事とともに、仲の良い集団に別れる。部屋に留まる人が意外と多く、長旅の疲れを癒すのが目的だろう。


 俺? 俺は街を探索だな。……何だよ? どうせぼっちですよ。何か文句ありますか?


 俺はサッサと外に出た。複数の集団があるのに一人は居づらいから。そして、宿屋のすぐ外にはアイナがいた。




「遅い」


「アイナが早すぎる」




 そんなに街を観光するのが楽しみだったか。たぶん、村正さんの説明とか聞かずに出てきたんだろうな。宿屋のルールとか大丈夫かよ。




「早く行きましょう?」


「ん? そうだな」




 アイナに引っ張られて、俺は大通りに向かって歩く。




「で、何処に行くつもりだ?」


「そうね……。まずは服かしら。この衣装も気に入っているのだけど、普段使いには向かないから」




 あー、そう。俺は服とか着れればいい人間なので、この一張羅で満足だ。でもアイナは女の子だからお洒落にも気を使うのか。女って大変だなぁ。だが、異世界ものでは服って高いんだよな。地球が安すぎるだけかもしれんが。


 俺たちは大通りに面した一軒の店に入る。店の立地と大きさと人の出入りで選んだ。




「……どれも普通ね」


「実用一直線って感じだな」




 そこの店に置いてあった服はどれも地味な色合いで、刺繍などは入っておらず、動きやすさと丈夫さに重点を置いた服ばかりだ。しかも、中々にいいお値段なので、今の俺の懐事情には厳しい。ま、猪肉の代金と盗賊から巻き上げた金があるので最悪は問題ない。


 そんなわけでアイナに連れまわされること4軒。どれもアイナのお気に召すものはなかった。俺はただただ疲れた。昼飯としてそこらへんで売っていた屋台の串焼きを頬張りながら俺とアイナは当てもなく歩く。




「このお肉は微妙ね」


「ダンジョンに出てくる豚の魔物の肉とか言っていたな。血の臭いもするし、処理がダメなんだろ」




 しかも味付けはなし。素材の味そのままと言えば聞こえはいいが、肝心の素材がダメでは元も子もない。小銅貨2枚という価格お腹いっぱいになるだけが取り柄か。


 ん? どうした、アイナ? 無言で串を俺に向けるな。食べきれないならそう言えよ。




「ダンジョンに行きましょう」


「それは構わんが、中に入るのはダメだぞ」




 だって疲れているから。今日くらいはゆっくり休ませてくれ。


 アイナは迷いなく歩いて行く。ダンジョンの場所は知らないが、店や冒険者らしき人の数などから推測しているらしい。そう言われて、俺も冒険者らしき人を見てみるが、心なしか多くなっている気がする。




「ダンジョンってあれかしら?」


「壁インザ壁。街中にダンジョンって相当危険なのでは?」




 街中に現れた城壁の内側にダンジョンがあるらしい。となると、ダンジョンから魔物が溢れ出てくる可能性があるってことだ。そんなものを街中に置くなよ、と俺は思う。




「管理のし易さと運搬コストを抑えるには最善手よ。立地はリスクを抱え込んでもそれを越えるメリットがある証拠ね。楽しみだわ」




 アイナがなんか賢いことを言っていたので、俺も真面目な顔で頷く。あー、歩くの疲れたぁ。


 そんなやり取りをしていると、アイナは目ざとく服を置いてある店を発見したようだ。




「ねえねえ、あのお店は良さそうよ」


「あの店って、まさかあれか?」




 アイナの指差す先には派手な、いや、けばけばしい衣装が店頭に飾られた店があった。


 アイナはあれが良いのか。俺はアイナの感性が心配になったよ。何とかしなければ。村正さん助けて。


 俺はアイナに引きずられるように店に入る。




「わぁ……」


「うわぁ……」




 アイナは目をキラキラと、俺は目をどんよりさせる。俺の趣味とはかけ離れたド派手な服が飾られているのだ。しかも、全てが女もの。場違い感で全身に蕁麻疹がでそうだ。


 アイナは店内を歩く。俺が逃げられないように腕をガッチリと掴んで。


 下着のコーナーでは顔を真っ赤にして、見るな、と言うくせに俺の腕を離さない。俺は目を瞑って歩かされたよ。


 一つの衣装を見ては感想を言って次の衣装へ、を繰り返していると店員に声が声をかけてきた。




「あら、随分と可愛いお客さんね」




 よかった。この世界の衣服を扱う店の店員はオカマじゃなかった。

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