第53話 夜逃げだー
ドオオォォォオオォォォンッ! とヤバい爆音が広がり、建物のガラスはすべて砕け散った。
俺は建物の壁を背にして、アイナを胸に抱き込み伏せる。場所を選んだのでガラスの雨に降られることはなかったが、爆音で耳が痛い。
「何……あれ……」
「まだ打ってくるのかよ!」
空飛ぶ即死トラップは少し移動して、今度は建物を狙うようだ。俺はアイナを担いで全力で逃げる。射程を外れる方向にだ。
再び爆音が聞こえた。
爆風が迫り、俺は近くのドアを強引に蹴破って滑り込む。少し飛び込むのが遅れて、足にガラス片が刺さった。
「あなた、血が……」
「そんなことはどうでもいい。まだ来るぞ」
飛び込む寸前、視界に口を開いた空飛ぶ即死トラップが見えた。俺はストーンウォールのスクロールを大量に取り出すと、一斉に起動させる。俺たちを覆うように石壁を多重に発生させ、全方位の盾とした。
さらに、シールドも起動させておく。これで少しは防げるだろう。
数秒後、凄まじい衝撃が襲う。ストーンウォールとシールドが複数砕けた感覚が伝わってきた。
「在庫一掃セールだ!」
俺は気配探知を頼りに、大量のストーンウォールとシールドを発生させる。そのまた数秒後、それらは全て砕けて、俺たちの目の前の石壁にヒビが入った。
だが、追撃は来なかった。空飛ぶ即死トラップの気配が急速に遠ざかってゆく。どうやら助かったようだ。
俺はランタンを取り出して明かりを確保し、足に刺さったガラス片を除去する。そして回復魔法のスクロールで傷を癒した。
「大丈夫なの?」
「大丈夫さ」
はい、嘘です。クソ痛いです。何なら泣き叫びたいです。でも、アイナの前だから我慢しちゃう。おっさんのなけなしのプライドさ。
「何とか生き残ったようだな」
「あれがあなたの言っていた、空飛ぶ凶悪な魔物?」
「そうだ。俺が初日に見た化け物。逃げようって言う理由が分かるだろ?」
「そうね。たった今、わかったわ」
初日以来、姿を見せなかったあいつだが、とうとう現れた。ここが知られた以上、今すぐにでも逃げるべきだと俺は思う。
「とりあえず、九城たちを見に行くぞ。生きていればいいが」
「……そうね」
火葬場は直撃したはずだ。何処にいたのかはわからないが、場所によっては即死の人もいるだろう。どちらにしろ救援は必須だ。
俺たちは立ち上がって火葬場に向かう。立ち上がる様子のない人や、泣き叫ぶ人を横目に進むと、そこには小さくないクレーターができていた。
「……とりあえず負傷者を助けるぞ、アイナ。スクロールは持っているな?」
「ええ」
俺たちは別れて救助に参加する。気配探知で生存者を探って傷を癒し、瓦礫に埋もれているなら掘り起こす。
傷の癒えた生存者や右往左往している人を叱責し、救助を手伝うように言いなが救助していると、死体が覆いかぶさるようにして気絶している爽やか君がいた。俺は爽やか君を引っ張り出して、叩き起こす。
「大丈夫か?」
「……神崎、さん……?」
「そうだ。怪我は直した。起き上がれるか?」
「……はい」
肩を貸して爽やか君を起き上がらせると、爽やか君は周囲を見回した後、ぽろぽろと涙を零し始めた。
「あれが……みんなを……。楠さんが……日比野さんが僕を庇って……」
命を張って爽やか君を守ったのか。大した忠誠心だ。俺には到底真似できない。素直に哀悼の意を示さざる負えないな。
だが、爽やか君に泣いている暇はない。リーダーなら、決断をしなければならないのだから。
「前も言ったが、今も生きている命がある。彼らを助けることを考えろ」
「神崎さん……」
「彼らに生かされたのは、泣くためではないだろう?」
「……はい、その通りです」
爽やか君は涙を拭うと足を踏ん張る。
「まずは生存者を救うことだ。その後のことを考えろ。ここに残るも良し、今すぐ脱出するも良し。判断は任せる」
「わかりました。僕はもう大丈夫です」
その言葉、信じるぞ。一人に構っている暇はないからな。
俺は爽やか君に背を向けて救助に向かう。
爽やか君が加わったからか、救助に参加する人が増えて、一通り救助はすぐに終わった。生存者全員を集め、爽やか君は方針を発表した。
「皆さん、落ち着いて聞いてください。救助はこれで打ち切りにします。そして、今からここを脱出します」
いきなりの言葉に生存者たちはどよめく。しかし、反対の声は上がらなかった。
「またあの魔物が来るかもしれません。ここで留まっている時間が長い程、その可能性は高まります。今から脱出のための荷物を持って、ここに再度集合。集まり次第、出発です。持ち運び困難な物は捨ててください」
あの爽やか君が思い切った決断をするもんだ、と俺は思った。これまでがとんとん拍子で進んでいただけで、この一日で現実を見せられて変わったようだ。
「俺は錬金術関連の道具を持ちに戻るが、アイナはどうする?」
「わたくしも行くわ。ここにいてもどうしようもないもの」
俺たちは一度自室に戻る。建物は三か所が崩壊し、大きな被害が出ていた。崩れかけの階段を上り、鍋や作業台、マイジャージを回収して戻る。
「神崎か。また助けられたな」
「大和さん。怪我の具合は?」
「七瀬に診てもらったが、左腕は粉砕骨折による神経圧迫だ。全治2か月と言われた」
簡易ギプスをして、左腕を三角巾で吊ったイケおじが落ち込んだ笑顔を向ける。七瀬さんの医療術と俺のスクロールで骨は治ったが、神経が圧迫されて一時的な麻痺になっているそうだ。継続的に医療術による治療が必要らしい。
「もっと早く行動すれば、と後悔しているよ」
そうイケおじが小さく呟いたのが聞こえた。
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