第52話 忘れた頃のアイツ

 戦いは終わった。俺たちの勝利だ。だが、被害も大きい。全体の死者は20名にも上った。摺木のグループは死者9名だった。四肢欠損はおらず、俺の予想では摺木が殺したとみている。


 俺たちはゴブリンの死体から魔石や角、装備品を回収して1ヶ所にまとめていた。この数を放置するのは精神衛生的に良くないし、実際衛生的にも良くないので、まとめて火葬するのだ。この戦いで死んだ人も隣で火葬することになっている。




「これで全員か」


「20人いますから、数も合っています。装備品は仲の良かった人が引き取りました。残ったものは九城さんが引き取るそうです」


「あいつは……。死者の責を背負い込むつもりか」


「違いますよ。ここで生きた彼らを忘れないためです。責任を背負うわけではありません」


「随分顔色は良くなりましたね」




 イケおじと話していたつもりが、背後に爽やか君がいた。暗く淀んだ目から、前を向いた覚悟の宿った目になっている。




「先ほどはありがとうございました」


「何かあったのか」


「悩める子羊を導いただけですよ」


「神崎は神父だったのか?」


「違いますよ」




 俺は敬虔なる自由の使徒だ。その割には地球で不自由極まっていたけどな。




「それで、何か御用でも?」


「神崎さんに休息を、と思いまして」


「そう言えば、ずっと働いていたな。俺でも休憩したのに、神崎は休んでいないのか」


「疲れていませんでしたので」


「私たちより戦って、何で疲れていないんですか……」




 だってねぇ? 2徹でクソ上司の馬鹿に振り回されたりしてきたんだから、午前中で終わってしまう戦闘なんて大したことないですよ。後処置合わせて夕方だが、それでもまだ働ける。




「私のことはどうでも良いのです。それよりも摺木についてお話をしておかなくてはなりません」




 俺は戦闘の様子を2人に伝える。2人は眉をひそめて憤りを見せた。




「その話は本当ですか?」


「天導さんも見ていました。その時の違和感も伝えた通りです。摺木は危険です」


「出発を早めた方がいいかもしれんな」




 はっきり言って、現状は最悪だ。戦闘で全員が疲れており、摺木は健在。今も後処理に加わらずに休憩を取っている。もし動くなら、今が絶好の機会だろう。


 本来なら、ここで休息を取りつつ準備を進めるのだが、そんな悠長なことは言っていられない状況だ。




「ある程度は出発の準備はしてありますが、それでも時間は必要です」


「なら監視を付けて警戒するほかないな」




 爽やか君とイケおじは3日後くらいの出発を考えているようだが、そんなに摺木が待ってくれるとは思えない。場合によっては暗殺も視野に入れておこう。




「あら、3人揃ってどうしたのかしら?」


「天導さん、おはようございます」


「時間的にこんばんは、ではなくて?」


「では、こんばんは」




 アイナが起きてきた。同時に火葬の準備が完了したらしい。爽やか君たちと別れて、俺たちは別行動をとる。




「摺木の動向を監視するのね」


「その通りだ」




 火葬は爽やか君のグループ全員が集まる予定らしい。仲間の弔いに参加することで、少しでも心の整理がつけば良い、という爽やか君の計らいだ。




「葬式は生者のためのもの、とはよく言ったものだな」




 おかげで摺木の監視はゼロだ。仕方なしに、俺たちがボランティアをすることになった。


 日が落ちて月明かりが照らす暗い廊下を俺たちは歩く。


 ……待てよ? 何故暗い。電気がついていないのか?


 俺は慌ててトイレに駆け込み、水が流れるか確認するが、水は流れなかった。




「おいおい、マジかよ。インフラが使えなくなったのか」




 俺がトイレから出ると、呆れたようなアイナがいた。




「全く……」


「アイナ、電気も水もなくなったぞ」


「へ?」




 何その顔? 可愛いわ。


 アイナもトイレに駆け込んでいき、直ぐに出てくる。




「緊急事態ね」


「戦闘が終わって、緊張が緩んで誰も気がつかなかったのか」


「わたくしも使ったはずなのに、気がつかなかったわ」




 昼は明るく電気は気がつかないし、トイレも話のネタとしてなら兎も角、わざわざ全体に共有しようと思わないだろう。しかも、戦闘があったばかりだ。不謹慎に思われるのを嫌って、報告しないのも仕方ない。




……ァァ……




「何か言ったか、アイナ」


「いいえ、何も」




 空耳かと思って周囲を確認して、窓の向こうに何かが見えた気がした。俺は窓辺に近づいて空を見上げると、暗い空に黒い影が見えた。




「何かしら、あれ」




 アイナが呟く。


 その影はどんどん大きくなっていった。




……ァァァァァァ……




「聞こえたか?」


「聞こえたわ」


「近づいているのか、あれは」




 火葬をしている方もにわかに騒がしくなったようだ。


 その黒い影がだいぶ大きくなり、輪郭がはっきり見えてきたあたりで、俺は既視感を覚える。




「まさか……即死トラップか!?」


「それって……」


「チッ、マズい」




 俺はアイナを小脇に抱え、影から逃げるように全力で走った。


 その影が火葬の日に照らされるほど近くなり、その容姿が明らかになる。口は鰐のように大きく裂けていて、身体はムカデのように平たく、長い。翅はトンボのような2対の細長い。


 そいつは口を大きく開く。光球が発生し、それが火葬の炎に向けて落下していく。そして、燃やされている死体に接触した途端、大爆発を引き起こした。

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