第45話 予定とは崩れるためにある

 翌日、俺はいつも通り錬金術と魔法陣を教え、その後はゴブリン狩りに向かう。既に、偵察部隊が出ており、幾つものゴブリンの死体が転がっていた。




「昨日より減ったな」


「普通は円周が短くなっているのだから、密度は増えるハズよ。敵が警戒しているのか、数が減ったのか、わからないわね」


「奥にもいるが、それでも少ないな」




 フッフッフ。俺の方が気配探知は上なのだよ。あ、痛い! 脛蹴りは止めて!




「ホブゴブリンが増えたか?」


「相手はおバカなのかしら。いたずらに戦力を消耗させるなんて、愚の骨頂よ」


「何かあると考えた方がいいだろう。敵大将が滅茶苦茶強いとか」




 しかし、斥候を出して、結界を包囲するくらいの脳はあるのに残念な敵だ。これが油断を誘うものだとしても、もう少しやりようがあるだろうに。




「さてとっと。俺も悪戯でもするかね」


「何するの?」


「気配探知で探ってみな」




 俺は地面から伸びた蔦、に偽装した紐を握る。そして、気配探知を駆使して敵の場所を探りながら、魔力を流した。




「命中。反応的にゴブリンウォーリアか?」


「ちょっと、あなた何したの?」


「何って、適当な場所に魔法陣を設置して、魔力を流すために紐を繋いだもので攻撃しただけだが?」


「……意味がわからないわ」




 設置型の罠だな。任意発動だから、無差別に攻撃するわけではない。気配探知が必須なのと、有線式なので断線したら終わりなのがネックだ。改良の余地アリだな。




「昨日はこれを設置していたのね」


「そうだ」




 結界が縮小するから、結界外の敵にも攻撃できる装置を考えただけだ。しかし、今日でここも結界外になるので使えなくなる。なので、全部使ってしまおうと思う。


 そんなこんなで設置した罠を使い、同時に新たに罠を設置して回る。日が暮れると、爽やか君に頼まれていた戦い用のスクロールを渡してから、焦っても仕方が無いので、いつも通りに過ごす。


 そして、さらに翌日、事件は起きた。


 いつも通りに起きて朝の準備をしていると、突然頭の中に時間が思い浮かんだ。否、思い出したという感覚が近いかもしれない。錬金術の新レシピを思い浮かべるのと同じ感覚だ。




「あなた! 今の!」


「アイナもか」




 頭に直接書き込まれるような不快な感覚は、結界消滅の時間を示していると、何故か理解できる。




「後2時間……」


「いきなりすぎるわよ」




 いきなりだが、タイミングを教えてくれるだけましだと思う。あのクソ上司は締め切りを伝えてこないからな。クソ上司が困りそうな仕事を後回しにするのが、俺の唯一の楽しみだったんだ。




「会議室に向かうぞ」


「そうね。忙しくなりそうだわ」




 会議室は騒然としていた。慌ただしく人が出入りし、爽やか君は適宜指示を飛ばす。忙しないが、混乱はしていないらしい。




「神崎さん。偵察部隊から報告です。北部方面に大部隊が展開しています。加えて、残りの方面にも未確認のゴブリンが確認できています」


「全方位から攻撃を仕掛けるつもりでしょうか」


「恐らくそうでしょう。こちらは戦力を分散せざるを得ません。なので、二人には遊撃をお願いしたいのです」




 主戦力は正面に回し、南部方面を例のグループが。残りの2方面は少数で撃破する考えだ。俺とアイナはこの2方面を支援しつつ、余裕があるなら残りの方面にも加勢してほしいらしい。


 ……それ、超忙しくないかい? 俺に期待し過ぎだろう。




「わかったわ。正面を破られると戦線は崩壊したも同然だから、頑張りなさいよ」


「側面が破られると戦線が挟撃を受けます。そしたら敗北も同然です。頑張ってください」




 2人とも仲いいな。とは言わない。俺は空気を読めるおっさんだからな。でも、2人と違って俺は弱いよ? 過度に期待するのは勝手だが、勝手に失望されるのはもっと嫌いだ。仕方ない。仕事は早く終わらせよう。




「では、1つ戦略を贈呈しましょう」




 俺の仕事が減るからな。











 残り1時間足らずで結界が消滅する。その事実が、戦場にいる人々を否応なく緊張させる。


準備が整い、整列したメンバーを前に、爽やか君が演説をしていた。




「みんなが知っての通り、後1時間で結界が消滅します。そして、敵はこの建物を包囲しています」




 改めて事実を羅列すると、結構ピンチでは? というか、爽やか君、堂に入っているな。プレゼンとか得意なタイプか。




「ですが、諦めるわけにはいきません。我々には生きる理由があります。その望みを叶えるために、戦わねばなりません」




 地球に帰りたい、そう願う者もいれば、俺みたいに、帰るつもりなどない者もいる。だがどちらにしろ死ぬつもりはない。この瞬間だけは目的は1つ。生き残る事だ。




「敵の数は多い。ですが恐れることはありません。我々人間には知恵が、そして仲間がいます。必ずこの戦いに勝って、全員生き残りましょう!」




 まばらな拍手から、徐々に万雷の拍手に代わる。死にたくない、という目的があると、人間は精力的に動くようになるんだ、と俺は感心していた。




「作戦は伝えた通りです。各自、持ち場についてください」




 隊列はぞろぞろと3方向に別れた。俺はアイナと別れて東方向に向かう。隣には門番君も一緒だ。




「良かったんですか? 天導さんと別れて」


「不安ですよ。主に私の戦力が、ですが」




 これはマジ。アイナと同程度の活躍を期待されるのは辛い。天才と凡人を一緒にするな、と声を大にして言いたい。


 東門の外に整列し、俺たちは爽やか君の合図を待つ。


 数分後、北門の方から爆発音が聞こえてきた。戦闘開始の合図だ。

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