第44話 灰色の脳細胞が冴える
日が暮れて建物に戻ると、建物をぐるっと囲むように壁と柵ができていた。そして、簡易的な櫓まで組まれていて、上には見張りが立っているのが確認できた。
「どうですか神崎さん。すごいでしょう?」
「ええ、大変驚きました」
たった数時間でここまでできるとは……。命がかかっている状況に、ファンタジーが加わるとこうもなるのか。すごいものだ。
「偵察部隊から話は聞きました。ゴブリンの数を減らしてくださっているようで、ありがとうございます」
「いえいえ、偵察部隊のご協力のおかげで、遥かに効率よく進みました。ありがとうございます」
いやー、そのおかげで魔石がザックザクよ。この短時間であり得ない程集まった。
「ゴブリンの上位種であるホブゴブリン。そして、その上位種であるゴブリンウォーリアやゴブリンマジシャンも確認できました」
「それは本当ですか!?」
「はい。合わせて4匹討伐しました。少数ですが確実にまだいるでしょう。そして、その上のゴブリンもいるでしょう」
「わかりました。みんなに周知しておきます」
敵の情報を知って心構えがあるだけで、生存率は上がるはずだ。俺のできることは済んだので、こっちから質問を投げる。
「例のグループは?」
「今のところ協力関係は維持できています。怪しい気配はありません」
「そうですか。では、私たちは壁を見て回りたいと思います」
「わかりました。気をつけてください」
忙しそうに去っていく爽やか君を見送り、俺とアイナは壁に沿って歩き出す。壁は建物の四方を囲むような形で建造されていて、各方面に入り口が存在していた。まだ、全部は完成していないが、この調子なら明日にでも形になるだろう。
「ねえ、あなた。知らない顔の人がいるわ」
「あん? 全員知らん顔だが?」
「人の顔くらい覚えなさいよ」
「名前は知らないし、言葉を交わしたこともないのにどうやって覚えるんだよ」
アイナは1回顔を見れば覚えることができるらしいが、俺にそんな特殊能力は備わっていない。そもそも、他人の顔とか興味がなさ過ぎて覚えるのも苦痛なんだが。
アイナの指差した人は爽やか君のグループにいない人らしい。
あ、目が合った。距離もあるし、会釈しとくか。それにしても、痛いほど見覚えのある目をしている。あれは恐怖で怯えている目だ。
「……アイナ、他の知らない顔の人を教えてくれ」
「今度は何よ?」
そう言いながらも歩きながら指を差していく。そして、全員が同じ目をしていた。
と、丁度アイナの指差す人が転んでひざを擦りむく現場にかち合った。俺は営業スマイルを浮かべてその人に近づく。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ。これくらいなら何ともありません」
「ですが血が出ています。これくらいなら治せるので、座っていただけませんか?」
「あ、いえ。大丈夫です」
「いえ、この環境では治療も碌に出来ません。悪化してしまう前に対処してしまいましょう」
俺は強引に座らせると、スクロールを取り出して起動させる。擦り傷はすぐに治り、後も残らなかった。
「あ、ありがとうございます」
「気を付けて作業してくださいね」
そう言うと、その人は気まずそうに足早に立ち去ってしまった。
「もう少し感謝しても良くないかしら? それにしても、あなたが人助けとは、明日は雨ね」
「失礼な。しっかりと代金は貰ったさ」
「いつ?……まさか、あなた……」
「盗みなんてしてねぇからな」
酷い言われようだ。俺はコソ泥なんてしない。しっかりと等価交換を行う、由緒正しき錬金術師なのだ。
今回貰った代金は情報。少し値は張ったが、対価としては十分だ。
「それで、何が分かったのよ?」
「摺木 マサキのスキルの発動条件」
「え!? それってすごいじゃない!」
「しーっ! 声が大きい。九城のところに行くぞ」
俺は爽やか君を見つけると、会議室に向かう。ドアが閉まると同時に、爽やか君が口を開いた。
「それで、お話とは?」
「ええ、例のグループのリーダー、摺木 マサキのスキルについてです」
怪我をした人を救助した際、服の隙間から身体を覗いたのだ。案の定、そこには痣や傷が痛々しく残っていた。
そして、見間違いの可能性もあるので、確認のためにスクロールを2枚取り出した。1つは低品質の回復魔法のスクロール。もう1つは高品質のスクロールだ。
まずは低品質を発動すると、掠り傷程度なら低品質でも十分なはずなのに治らなかった。これで、俺は傷が大量にあることを確認した。その後は高品質で治して終わりだ。
この事実と、あの目をした人たちのことを考えると、摺木のスキルについて朧気にわかってくる。
「ここから推測されるのは、摺木さんのスキルは対象を甚振って心を折り、従わせるものではないかと考えられます」
「……共依存、それを強制的に促進させるスキルというわけかしら」
「これまでの彼の行動と辻褄は合います。複数相手では、逃げられるリスクが大きいからこそ、今まで静かだったのでしょう」
流石アイナ、それと爽やか君。よくわかってらっしゃる。スキルの内容も、目立たない場所を執拗に攻撃するのも、摺木の下衆さを際立たせている。反吐が出そうだ。
「……みんなには複数で行動することを徹底させます。今は魔物を迎え撃たなければなりません。彼の対処はその後にします」
現状、摺木の情報は俺の推測のみ。迂闊な手段は採れない。爽やか君はグループのリーダーだからこそ、不用意に動けないのだ。
「混乱に乗じて何か仕掛けてくる可能性もあるので、十分に注意してください」
「それはお互い様でしょう。いつもお二人で行動しているのですから」
「心配無用よ。わたくしがいるんですもの」
アイナが胸を張る。しかし、その通りだ。その時は素直に後ろに下がって援護に徹しよう。
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