第38話 タイムリミットまで
「転移から三十日前後がタイムリミットですかね」
「その根拠は?」
「全員が持っている最初の食料の数から推測しただけです。実際は野生動物や魔物、野草も得られたので、もう少し長いかもしれませんが」
それに、ここには農業系のスキルを持っている人物がいない。もしかしたらいるかもしれないが、一番大きなグループである爽やか君のグループにいないのなら、絶望的だろう。
スキル自体が無いかもしれないが、結局、それが意味するのは、近い将来、食い詰める、というものだ。
「最初にあった食料は、ここを脱出するための準備期間中の食事だと、私は考えています」
「同意です。ここを脱出するにしても、落ち着ける場所が見つかるまでは食料が必要ですし、そのことを踏まえた上での一か月という準備期間です」
短いような、長いような、中途半端な期間だ。
「そもそも、ここから離れても、外の世界に我々が生活できるような町があるのかどうかも不明ですが」
「それは大丈夫でしょう。スキルに言語理解がありますし、私がここで出会った人たちは、全員が日本人でした。ならば、この世界の住人がいると考える方が無難だと」
へー、この世界のジモティーか。ステータスに種族もあるし、エルフとかドワーフとかいるんだろうな。楽しみだ。ってか、エルフは目の前にいるわ。天然ものじゃねぇけどな。
「それに、他にも一か月の根拠はあるのです」
何でも、この建物を中心に、魔物除けの結界のようなものがあるという話だった。
「ゴブリンで実験したところ、こちらを認識していても、その結界内部には絶対に入ろうとしないのです。強引に入れた場合は、叫び声を上げて、一目散に結界外に逃げようとしました」
なんてひどい実験をしているんだ、爽やか君は! ゴブリンだって生きているんですよ! せめて苦痛なく殺してあげなさいよ!
「結界が縮小しているのね」
「……その通りです。日に日に結界が縮小しています。完全に消えるまでを計算すると、あと22日。転移から三十日です」
……マズいな。その結界がなくなれば、空飛ぶ即死トラップにこの建物が見つかるという意味だ。死ぬな。
「この建物は大きいですが、柵で囲むことくらいはできます。それなら、ゴブリン程度、恐れるものではありません。ですが、神崎さんが見た、と言ってる空飛ぶ怪物が事実なら……」
「間違いなく、滅びますね」
いやー無理。あれに挑むくらいなら、今から荷物まとめて逃げるわ。
「準備は早くした方がいいわ。低いと言っても、登山経験がない人にとって、山登りは体力を使うもの。それに、レベルを上げていない人に合わせて移動するのでしょう? 移動には最低でも倍の時間がかかるとみた方が無難ね」
爽やか君の性格なら、確実に“見捨てる”という手段は採らない。未だに戦いも、働きもしない人を糾弾一つせずに、養っているくらいなのだから。
「彼らは敵対したわけはありません。できる限り、みんなで一緒に生き残りたいんです」
はー、御立派だねぇ。寒気がするよ。爽やか君の“みんな”のせいで、文字通り“みんな”死ぬよ? 俺は俺が生き残るためなら、“みんな”を踏み台にする。愚かな優しさは不要だと、人生で教わったんだ。
そう思ったのは、俺だけではなかったらしい。
「愚かね」
「貴様!」
「止めんか! 楠」
女がアイナに掴みかかろうとしたのを、イケおじが制する。アイナに注がれる、射殺さんばかりの視線を俺は身体で遮った。
あー、これは、あれだな。爽やか君に傾倒し過ぎたタイプか。頭も顔も良い爽やか君の言うことが、絶対だと思っているのだ。面倒くさ。
「事実じゃない。最低限も使えない人のために、まともな人が被害を受けるのよ? 自分のエゴを他人に押し付けている事に気がついていないのかしら? それとも、気がついていて、見て見ぬふりかしら? どちらも最低ね」
その通りだけれども! 俺を盾にしながら言う言葉ではないぞ! 場所と言い方を考えないと、不用意に敵を作るだけだ。後で教えなければならないな。
わなわなと怒りで震えはじめた女―あだ名は小鴨ちゃんとしよう―は腰に携帯していた剣の柄に手をかける。
しかし、今度は髭熊が止めた。
「言い方はキツイが、嬢ちゃんの言う通りだ。自身とその周囲の生活だけでも成り立ってないのに、他人を養う余裕などない」
「ですが!」
「いいんです、楠さん。天導さんの指摘はもっともです。これは私のエゴ。どうにかしなければならないのは私ですから」
お? 爽やか君がアイナの言葉を受け入れたぞ? 成長しているな。おじさん、嬉しいぞ。だから、思いつめた表情の爽やか君にアドバイスをプレゼントだ。
「何もしていないから批判をされるのです。何かさせてしまえば、批判もされないでしょう」
「それが難しいのです」
「そうでしょうか。人が動く要因は様々です。自分のために、他人のために、褒めて欲しいから、楽しいから。そんな正の感情だけではありません。恐怖も人が動く要因となります」
「……」
「私に最初やったように、一人で座らせて、周囲を囲めばよろしいのではないでしょうか」
俺ははっきり覚えているぞ。針の筵にされた恨みは怖いからな。
「それは……」
「このまま、働かずに誰かに恨まれ続けるより、九城さんが多少恨まれてでも、彼らを働かせた方が、“みんな”のためになりますよ」
さあ、精々“みんな”のために頑張ってくれたまえよ。爽やか君。
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