第36話 あー楽しい

 俺は現在、会議室に陣取っていた。いつもの格好に着替えて、机の上に商品を置いておく。看板娘はアイナだ。




「何をしているのですか? 神崎さん」


「商売ですよ」


「はぁ」




 某サンドボックスゲームの村人みたいな声を出すなよ、門番君。だが、その腑抜けた声を出せるのも今のうちだぞ。すぐにお客の整理に大変になるから。知らんけど。




「また珍妙なものをしているね」


「村正さん、おはようございます」


「おはよう。で、何してんだい?」


「商売です」


「はい?」




 最初こそ、呆れたような目で見ていた村正さんだったが、商品説明で顔色が変わった。その変わりようは、スーパーのセールを前にしたおば様たちのそれだ。この瞬間だけは、肉食獣ですら逃げ出すだろう。




「全種類貰おう。代金は何が欲しい」


「防具が欲しいですね」


「最高の作品を作ってやる」


「交渉成立ですね。詳細は後にしましょうか?」


「それは助かるね」




 村正さんは俺の作った商品三種類を持って、走って何処かに行ってしまった。効果を確認して噂が広まったら大変そうだ。




「あのー、俺も欲しいです。借りばかりですけど、大丈夫ですか……?」




 おずおずと門番君も手を上げる。確かに、門番君は肉だったりスクロールだったりをあげてばかりだ。だが、門番君は俺に爽やか君のグループのことを教えてくれるし、何より、スキル上げの訓練を一緒にしているのだ。夜、アイナが部屋に戻った後、髭熊を始め、いろんな人から共に戦い方を学んでいる。仲の良い同僚といった感じだ。




「出世払いでいいですよ、後藤さん」


「俺は出世できないですよ。皆さんすごい人ばかりですから」


「そうですか? もっと酷い人もいるというお話でしたが」




 いきなり転移した上に、自身の身体も含めてファンタジーなことになっているので、現実を受け入れられない人がいるのだ。仕方ないとは思うが、アイナのような子供が頑張っているのだから、もう少し大人らしく振舞って欲しいものだ。




「仕方ないですよ。俺もいきなり戦えって言われて、怖くて逃げたんですから」


「今は向き合っているではありませんか。それに、戦うこと以外の仕事をしていたでしょう? せめてそれぐらいはしてほしいものです」


「厳しいですね」


「そうでしょうか? 天導さんも頑張っているのです。それに比べて、大の大人が情けない」




 わざとらしく肩を竦める。門番君もそう思ったのか、苦笑いだ。


 俺は商品を門番君に渡した。




「ありがとうございます」




 それからは、門番君も含めて雑談しながら、時折、通りかかる人に商品を売りつけていく。のんびりとした時間を過ごしていたが、一時間ほど経って、雲行きが変わった。どこからともなく女性陣が現れた。




「ひっ……」




 門番君が情けない悲鳴を上げる。それもそのはず、誰もがぎらついた目をしていて、こちらを向いているのだから。かく言う俺でも、内心ゾッとしたほどだ。




「商品はおひとり様、一種類につきお一つです。数量限定です。一列に並んでご購入してください。横入りした方には販売いたしません。お並びの方は代金の代わりに差し出すものを考えておいてください。貸しでも大丈夫ですよ」




 俺は注意事項を述べる。使用方法の説明もした。意外にもタイムセールのような惨状にはならず、女性陣が机の前に一列に並んだ。




「売れましたねぇ」


「疲れたわ」


「そうですね」




 俺は元気だ。沢山の貸しと資材、装備品の製作契約をしたのだ。チョー楽しい。


 まだ在庫は残っているから、男性陣が来ても問題なし。売切れたら終わりだけどね。




「女性の方々が何やら噂していましたが、あなたでしたか。神崎さん」


「いらっしゃいませ。どの商品をご入用でしょうか? 九城さん」




 とびきりの営業スマイルで爽やか君を迎える。後ろにもぞろぞろと男性陣、もとい金づ……お客さんを連れている。




「こんな物も作れるのですね、神崎さんは。どうやって作ったのですか?」


「企業秘密でございます」




 半分くらいバレていそうだ。遠からず俺のスキルは知れ渡るな。生産職だとバレても、それが唯一無二の存在なら、危害を加えられる可能性は低くなる。まして、こちらは女性陣を味方につけたのだ。あの目の女性陣に正面から立ち向かえる男は、そうはいまい。




「冷やかしなら帰ってくださいませ。後ろのお客様がお待ちです」


「では、全種類貰おうかな。お代は情報で」


「交渉成立です」




 それからは、俺に戦い方を教えてくれている先生方や、生産職を中心に売った。数が足りなくて、買えなかった人もいたが、そもそも俺に利益がないので問題なし。完売だ。


 物凄く恨みがましい視線がいくつかあるが、ガン無視して帰路に就く。自室に戻って、一息入れた。




「いやー、売れたわ」


「わたくしは疲れたわ」


「暇ではなかっただろ?」


「……それはそうね。しばらくは遠慮したいけれど」




 そんなことを言っているアイナだが、口元は緩んでいる。色んな人と普通に話せてうれしそうだったのは知っているからな。




「昼飯食って一休みしたら、また会議室に向かうぞ」


「……またやるの?」


「まさか。お代を毟り取りに行くのさ」




 あの場では客を捌くためにお代を受け取っていないが、午後からはそれを催促しに行く予定だ。




「わたくしも行かなければダメかしら」


「アイナの分の装備品が無くなってもいいなら、構わんが?」


「……行くわ」




 そんな楽しそうな顔しちゃって、まぁ、可愛いこと。

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