第35話 雨は嫌いじゃない

 その日はひたすら魔物狩りと資材集め、食料確保に奔走した。今回も猪にも遭遇し、アイナが少し震えながらも解体を手伝ってくれた。本当に強い子だ。


 食料はフラの実だけでなく、ブドウのような果実や、食べられる野草も回収した。これで食事のレパートリーも増えるだろう。


 探索中は魔力が無駄にならないように、適度に上位錬成を行って鉄を作った。


 新種の魔物にも遭遇した。シュッとしたタヌキみたいな魔物で、サイズと爪が狂っていなければ、可愛かった。サクッと狩って魔石と肉と毛皮と爪を回収した。魔物肉は食べられるらしい。


 そんな日が数日続き、探索範囲が広がって、資材も豊富になった頃、こちらの世界に来てから初めての雨が降った。




「雨ね」


「雨だな」




 深夜から降り始めたので俺は知っていたが、寝ていたアイナは知らなかったようで、何処か落ち込んでいた。実際、魔物狩りくらいしかやる事がないので、外出できなければ暇なのだ。普通は。




「暇だわ」


「俺は錬金術と魔法陣があるから」


「暇よ」


「俺はスキル上げがあるから」


「暇」


「俺は戦い方を習いに行く必要があるから」




 睨むなよ。凡人たる俺が前線に出るには、それくらいしないといけないんだから。




「暇って言われてもなぁ。何かしたいことでもあるのか?」


「面白いことがしたいわ」


「錬金術は?」


「わたくしができないじゃない」




 だよね。




「雨の音を聞きながら物思いに耽るのは?」


「それって楽しいの?」




 若いもんにはわからんか。この贅沢な時間の使い方は。




「そうだなぁ……。この環境であったらいい物は何かないか?」


「そうねぇ……」




 錬金術で作れる物なら作ってしまおう。アイナの時間つぶしになるし、俺の錬金術のスキル上げにもなる。完璧、俺。




「お菓子が欲しいわ」




 あるわけないだろ! そういうのはシェフに言え!




「アイナはあの物体Xを食べたいのか」


「……絶対イヤよ」




 錬金術で料理ができるかは実験済みだ。猪肉を香草と共に錬金したら、ぐにょぐにょ変色物体が出来上がったのだ。何度やっても結果は変わらないので、実験は中止した。




「なら、生活魔法を使えるようにしてほしいわ。いつもあなたにお願いするのは気が引けるもの」




 別に気にしていないが、折角なので作ろう。


 いつもならスクロールで終わりだが、今回は少し違う方法を取ろうと思う。


 俺はマイジャージのまま、作業台の前に陣取る。




「見るのか?」


「ええ」




 何のかんの言っても、アイナは錬金術を見学したがる。俺は目を瞑っているから分からないが、作業台の上で光が膨らみ、資材を包み込んだと思ったら、弾けて魔道具とかが出てくるらしい。意味が分からん。


 俺は自作の魔鉄を作業台の上に置いた。魔石も一緒だ。




「これだけで作れるの?」


「さあ? レシピ通りだから作れるんじゃないか?」


「適当ね」


「柔軟と言ってくれ」




 たぶんアイナの言葉が正しいが、気にしては負けだ。錬金術とは想像力がものをいう。サブカルおじさんの本領発揮だ。


 俺はいつも通り目を瞑って、魔力を流す。数秒で完成だ。




「これは……カード?」


「その通り。使いまわせるはずだ」




 スクロールは魔法を使うと、魔法陣の描かれた紙に戻る。再利用するには上から同じ魔法陣を重ね描きする必要がある。別の魔法陣だと著しく威力が落ちるし、同じ魔法陣でも威力が低下する。事実上、使い捨てのようなものだ。


 だがしかーし、俺の作ったものは話が別だ。紙の代わりに素材を魔鉄にすることで、品質を上げ、耐久力を持たせた。そして、金属に魔法陣を描くのは錬金術に任せる。複数回使用できる機能も錬金術で付与した。錬金術、マジ万能。




「使ってみな」




 俺は何枚もあったカードの内、一枚をアイナに渡す。アイナは魔力を流して使った。




「本当に使えたわ」


「起動は問題ないな。複数回使用も……問題ないな」




 俺はカードに魔力を流して、火を起こす魔法を何度も使ってみる。起動の魔力のみで、何度も火がついた。完璧だ。調整は効かないが、100回は使用できる。たぶん。




「すごいけど、何でこんなに作ったの?」


「そりゃあ、商売するのに商品が無ければ意味ないだろ」


「え?」




 俺が作ったカードは、大半が綺麗にする魔法だ。この建物には風呂もシャワーも無い。生活魔法を持っている者もかなり少なく、彼らも生活魔法だけに魔力が割けるわけではない。必然的に汚れが目立ってくる。特に女は気にしている場面が見られた。


 ついでに俺は100均で売っているようなカミソリも作った。シェービングクリームモドキもある。市販品には劣るだろうが、この環境で文句はないだろう。


 俺? もちろん使っている。もっと良いやつを作ってな。




「魔力もだいぶ減ったし、商売しに行くか」


「それって楽しい?」


「楽しい」




 客の足元見ながら、高値で恩を売れるのだから、それはそれは楽しい。


 きっぱりと言う俺を見て、アイナはジト目を向けた。

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