第34話 環境って大事だね

 爽やか君に案内され、いつもの会議室に入る。既に机を挟んで椅子が準備されており、壁際に人が並んでいた。


 視線が刺々しいな。気配探知で反応が違うのは、敵意の有無か。それにしても、色んな種族がいるなぁ。ケモ耳が生えてたり、耳が尖がってたり、角があったり、様々だ。


 用意されていた席に座ると、爽やか君が口を開く。




「では、天導さん。言い分をどうぞ」




 どうぞ、っておい。この状況はひどくないか? 尋問みたいになってんぞ。それに気がついているのか、爽やか君は? いや、気がついていないな。自身に対して敵意が無いから、気配探知で気がつけないのか。




「どうしたんです?」




 アイナが俯いちゃったよ。視線が痛くなった気がする。気配探知の反応も変わったもの。俺でこれなら、アイナはもっと酷いことになってるな、たぶん。


 アイナの言い分が無いのなら、爽やか君の言葉が全てになる。そしたら、アイナは彼らの敵になってしまう。仕方ない、ここはおじさんが一肌脱ぎますか。




「天導さんの言い分を聞くのに、こんな人数は要らないでしょう。退出願えますか?」


「ですが、彼らにも説明しなくては……」


「彼らに一方的な意見を吹き込んだのは九城さんでしょう? 彼らの誤解を解くのも九城さんの仕事です。天導さんの仕事ではございません」




 他人の仕事をしても給与も評価も上がんないから、やるだけ損なんだよね。俺は良く知っている。あのクソ上司のおかげでな!




「見届け人として、天導さん側は私が。九城さん側は大和さんと村正さんがいれば十分でしょう」




 現状で中立を保ち、影響力のありそうな二人がいれば十分だ。それ以上は要らない。


 追い打ちで営業スマイルを放つと、爽やか君は俺の言葉を飲んで、部外者を退出させた。




「天導さん、これなら話せそうですか?」


「ええ。ありがとう」


「それは良かった」




 やっぱりアイナには笑顔が似合う。次点で赤らめた顔だ。


 スッと息を吸って、アイナは話し出す。




「わたくしは、確かに九城家の事業の多くを潰しました」




 その言葉に、爽やか君は机の上の拳をギュッと握りしめる。だが、騒いだりせずにアイナの言い分を全部聞く意志はあるようだ。




「ですが、それはわたくしの意志ではありません。父上の命令に従っただけなのです」




 そこからはアイナの育った環境を含めての話だった。


 アイナは賢かった。賢過ぎたのだ。使用人どころか、実の親兄弟にも気味悪がられた。屋敷の部屋に軟禁され、愛情を知らずに育った。それでも愛情を欲したアイナに、実の父親が交換条件を持ち掛けた。




「私の言う通りにしたら、愛してやる」




 アイナは幼かった。親の愛情を欲して、父親の言う通りに予想し、行動した。それが九城家を潰すようなことだとは知らなかった。それを知ったのは、九城家が半ば強引に会いに来たからだ。


 自身のしたことの意味を知り、親が自分を愛するつもりもないことも知った。


 様々なことを諦めたアイナは、再び屋敷での軟禁を受け入れた。それが誰も傷付かないから。そんなふうに過ごしていると、こちらの世界に転移した。




「許してほしい、なんて言わないわ」




 九城家を没落させ、そこで働いていた従業員たちも含めて、大きな不幸を生み出したのだから。賢いが故に、それを理解しているアイナは話を終える。




「はぁ……。天導さんが悪党なら、こんな気持ちにならずに済んだのに」




 爽やか君は悩ましそうに息を吐く。彼もまた、賢いが故にアイナを取り巻く環境の悪さを理解できた。




「それで、どうするのです?」


「許さざるを得ないでしょう? それに、天導さんがこちらに来ているのなら、九城家は近いうちに復興するでしょう。私よりも賢い兄弟がいますから」




 憑き物が落ちたような顔をして、爽やか君は言い切った。どんな顔をしても絵になるから、無性に殴りたくなってくる。




「お二人のわだかまりが解消したのなら、安心ですね」


「そうだな」


「そうだね」




 イケおじと村正さんも、俺の言葉に賛同してくれた。これで、心おきなく爽やか君のグループをこき使えることに一安心だ。やったぜ。




「ずいぶんと長居したようです。余韻に浸るのも良いですが、我々にとって時間は味方ではありません。行動しましょう」




 俺はそう言って、アイナの手を取って立ち上がる。ごもっともな意見を言いているように見えるが、単に俺が早く素材集めがしたいのだ。




「それもそうですね。これからもよろしくお願いします」


「ええ、こちらこそよろしくお願いします。協力して、この状況を打開していきましょう」


「はい」




 爽やか君と固く握手をしてから、俺とアイナは退出する。外にいる敵意の視線は無視だ。あれは爽やか君の仕事だからな。俺たちが心地よく協力できるように、協力してくれよ?


 建物を離れ、森の中をずんずん進んでいく。建物が見えなくなったところで、アイナが口を開いた。




「あなたは……わたくしを恐れないの?」




 恐れる? はて? 




「恐れるって何を?」


「何って、わたくしはこの年であれだけの事ができるのよ? 賢過ぎて不気味ではなくて?」




 はーん、そういうこと。確かに賢過ぎるが、別に問題ない。マジの馬鹿よりはるかにいい。俺に賢さが足りないから、丁度いいくらいだ。




「世界中を見れば、そういう人間もいるだろ。たまたまアイナだっただけで」


「何処かにいるのと、隣にいるのは違うじゃない」


「俺より賢い人間なんて五万といる。俺の物差しじゃ、上の方は皆同じだ」




 天才にも上下があるが、俺から見れば一括りで天才だ。俺が逆立ちしたって勝てない事は確かだからな。




「態度を変えない?」


「変えて欲しいのか?」


「そのままでいて。変えたら怒るわ」




 怒っても怖くないんだよなぁ、という言葉は言わない。俺は空気の読めるおじさんだから。

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