第32話 戦装束とスカート
アイナが描いた図案を見て、俺は心の中でため息を吐いた。
何故かって? 別に滅茶苦茶丁寧かつ詳細に書かれた説明文を見たから、ではない。刺繍やらレースやらは、俺が頑張ればできなくもない。最大の問題は、この衣装がスカートだ、という点に尽きる。
いやね? 確かに日曜朝にやっている女児向けアニメはスカートだけれども、それで動かれると大変なんだぜ? 主に俺の理性が。
パンチラは見て嬉しい、と男の誰もが思うが、同時に、必死に目を逸らす男たちの苦労を知ってほしい。人で溢れかえる駅の階段を、進行方向を見ないで歩く恐怖は中々だ。
まして、これから先、色々な敵と戦うことになるだろう。その時に、一々スカートを履いたアイナが飛んだり跳ねたりする度、慮って目を逸らしていては、戦い難くてしょうがない。
それに、こんな破廉恥な服装はお父さんが許しませんからね!
「すごいでしょう?」
「上手に描けていると思うぞ。これならイメージし易い」
「そうでしょう」
うわぁ、言い辛ぇ。このニコニコした笑顔を壊したくねぇ。でも、このままではアイナが破廉恥な子になってしまう。それはいただけない。心を鬼にして言うんだ、俺。
「アイナ」
「何かしら?」
「全体的に良く描けている。だが、スカートだとな、戦いとかで飛んだり跳ねたりすると、見えるぞ」
「え……」
流石、頭の回転が良いな。皆まで言わずとも分かってくれたようだ。願わくば、その頭の回転の良さをもっと早く使って欲しかった。
耳まで真っ赤にして、ボンッと破裂の幻聴が聞こえる。
「……お……お……おバカ!」
そう言って、作業部屋から逃げ出すように出ていった。どうやら書き直すようだ。俺は綺麗な紅いモミジの付いた頬を撫でながら、のんびりと待ち構える。
感謝してほしいなぁ。俺が言わないと、パンチラ衣装で戦う羽目になったんだぜ?
幸い、図案手直しは早く終わった。俺の頬に咲いたモミジがまだ残っているくらいには早かった。
「これで問題ないわよね?」
「これなら動いても問題ないだろう」
図案は長ズボンになり、腰の部分にはスカートの名残がある。全体的にみると、パンツルックのゴスロリみたいな感じだ。
俺は図案をしっかりと覚え、材料を作業台に乗せる。面倒なので、ロングブーツも一緒に製作する。
「見ててもいい?」
「いいぞ」
なかなかの量になった材料を確認し、問題ないことを確認してから目を瞑る。そして魔力を流した。どんどん魔力が消費されるが、俺は気にしない。最高の作品を作るのに魔力を惜しむつもりはない。
「わぁ……」
魔力が底をつき始めたくらいで、錬成は完了した。目を開けると、そこには思い浮かべた通りの衣装があった。
「すごい。すごいわ!」
アイナが無邪気に俺の腕を掴んで揺らしてくる。この笑顔を見れただけで満足だ。それはそうと、揺らさないで。頭痛が痛い。そう、痛いのだ。
「とりあえず、着てみなさい」
「わかったわ!」
喜び勇んで、アイナは衣装を持って出ていった。自分の部屋で着替えるようだ。よかった。アイナに羞恥心はあった。
俺は作業部屋を出て長椅子に横たわる。
あれ? 昨日もこんな感じだったな。俺が辛い思いをして作ったものは、アイナに全部持ってかれているような?
「真剣に魔力回復ポーション作ろう。これは辛い」
俺が決意を新たにしていると、アイナが向かってくる気配がした。すぐさま起き上がり、姿勢よく座る。同時に、この部屋のドアが開いた。
「……どうかしら?」
「よく似合っている。図案が良かったな」
「ふふっ、ありがと」
花のような笑顔のアイナを見ると、先ほどの疑問は全て吹っ飛んだ。まぁいいか、という気分になってくる。
本当に似合っている。黒を基調にした衣装は、紫の髪が夜空に舞っているような感覚に陥らせる。袖口やワンポイントで白を中心にした色をあしらうことで、単調な服にはならず、色の緩急がついていてお洒落である。
俺のナンセンス語彙力ではこれが限度だ。どれくらい美しいかは、諸君らの想像にお任せしよう。
「動きにくさは無いか?」
「問題ないわ。とても動きやすい」
「きつかったり、緩すぎるところは?」
「それが不思議なのよ。着る前は大きいと思ったのに、着るとサイズがぴったりになったの」
「その衣装にもスキルがついているようだな」
俺は魔石を取り出して、衣装の袖口に触れる。
「な、何?」
「鑑定。……サイズ調整、温度調整、修繕、魔力防御、ステータス増加、物理耐性、魔法耐性か……」
「そんなに?」
「そんなに」
馬鹿みたいにミスリルを使っただけの事はある。俺の装備よりも格段に強い。次は俺の装備を作ろう。
気になったのは魔力防御だ。これは俺の槍についているスキル、魔力強化の防御版だ。魔力を流せば、それだけで物理、魔法問わず防御力が上がるというものだ。
「そんなスキルもあるんだ。面白いわね」
面白いけど、作るのは俺なんだぜ? 楽しいからいいけども。
「明日が楽しみだわ」
「大丈夫なのか?」
「色々悩んだけれど、慣れるしかないって結論に至ったわ」
「習うより慣れよって言うしな」
その結論に至ったのなら話は早い。ビシバシいこう。既に、アイナの方が俺より強いかもしれないが、そこは言わないお約束。
「ということで、猪のお肉を使った料理をちょうだい」
「はいよ」
ヒレ肉のステーキもどきを、アイナは美味しそうに食べた。
どうやら、トラウマにはならなかったらしい。一安心だ。
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