第30話 肉はやっぱり美味い

 アイナが木陰で座ったのを見届けると、俺は内臓をひとまとめにすると、物体の形を整える魔法で穴を掘り、土の中に埋めた。これでアイナの視界に入ることはないだろう。他にも、血だまりを飲み水を生成する魔法を弄って作った水鉄砲で洗い流すと、だいぶ匂いも薄くなった。ついでに猪の腹の中も洗って綺麗にする。


 また服が汚れてしまった。これは解体用の服でも作った方がいいかもしれない。イモムシの皮でも使うか。沢山とれるし、伸縮もする。錬金術で合成してしまえば強度も問題なかろう。次から拾って来なければ。




「毛皮は……とるか」




 流石にアイナもまだ休養が必要だろう。俺はナイフを魔法で綺麗にして、毛皮を剥ぎ取る。


 うっわ、むっず。油で手が滑るし、ナイフの切れ味もすぐ悪くなる。自分の手を切らないように気を付けよーっと。


 適宜、魔法で綺麗にしながら、俺は何とか毛皮を剥ぐ。所々、穴が開いてしまったが、初めてにしては上出来だろう。次からはもう少し上手に、速くできるはずだ。


 肉塊となった猪からは、もうほとんど血は滴っていない。俺は仕上げとして、猪に残っている血を意識して、綺麗にする魔法を使う。




「血が止まった。完全に死んだからか? 魔力は普通より持っていかれたな」




 俺は猪をマジックバッグに入れて、ロープを綺麗にしてからしまう。最後に、地面の血を流して、俺を綺麗にしたら完了だ。




「アイナ、具合はどうだ?」


「だいぶ良くなったわ」


「それならよかった」


「……あなたは元気ね」


「まあな」




 そらまぁ、動画で見慣れているから。それに、大人だから。




「帰るか」


「……そうね」




 血色は良くなったが、それでもまだ調子が悪そうなアイナを見て、俺はそう判断した。アイナも自身の体調を理解しているようで、悔しそうに頷く。


 帰りは、会話はほとんどなかった。俺がアイナの体調を確認するくらいだ。まだ明るいうちに建物に到着し、アイナを自室に送り届けてから、俺は猪の解体に着手する。


 錬金術で拾ってきた木の枝を加工し、猪を乗せる解体台を製作した。




「この部屋でやりたくはないな。外で解体すっかね」




 俺は外に出て、適当な場所で解体台を取り出し、猪を乗せる。何だかんだ解体をしていると、いつの間にかギャラリーが増えていた。




「それ、何の肉ですか?」


「猪です。運よく狩れたので、こうして解体中です」


「猪なんていたんですね」


「ゴブリンより強かったですよ」


「え!? 魔物ですよ?」


「魔物の強さにも幅があるのでしょう」


「へー、そうなんですね」




 門番君、正直に食べたいと言えば良かろう。猪肉に視線が釘付けだぞ。そして髭熊。無言で見るな。何か言え。村正さん、婦女子が涎を垂らさないでください。衛生的にも問題です。


 数々の視線が注がれる中の解体は、とても居心地が悪い。どうにかして追っ払うか、と考えていると、髭熊にも負けない身長のガタイの良い女がやってきた。




「切り方が違う。部位が混ざって後処理が大変になる」


「解体ができるのですか?」


「多少は」




 そう言った女は俺からナイフを借りると、俺とは段違いの速さで解体し始めた。




「お名前を伺っても?」


「榊原」


「元猟師でいらっしゃいますか?」


「違う。料理人だ」




 ほほう? 料理人ねぇ。ありかもしれない。シェフとでも呼ぼう。




「腕のほどは?」


「自信はある。高級レストランで副料理長をしていた」




 腕は確かだろう。捌き方のペースが異常だ。丸ごと一頭買って解体していたのかもしれない。少なくとも、俺よりは料理上手だろう。だから、俺は提案をする。




「これを美味しく料理ができますか?」


「塩も無いのにかい?」


「持っていますよ。香草も」


「ならできる」




 はい決定。シェフ、美味い料理を1つ。




「お代はこの肉の一部でよろしいですか?」


「……塩と香草もだ」


「良いでしょう。交渉成立です。以後、よろしくお願いします」




 俺は塩一袋と、香草の山をプレゼントする。肉は解体後に渡そう。




「こんなに?」


「これからもお世話になります」


「……いいだろう」




 料理人ゲット。これで美味い飯にありつけるぞ。やったね!


 そんなことを話していたら、解体は終わる。俺が途中までやっていたとはいえ、かなりの速さだ。参考にさせてもらおう。


 俺はアイナでも食べられそうな柔らかい部位を中心に回収した。シェフも良さげな部位を貰っていった。そして、余った部位を見て、俺はここにいるギャラリーに提案する。




「榊原さん」


「何だい?」


「残った肉はここにいる皆に振舞ってはどうでしょう?」


「私は構わないが、いいのか?」




 そりゃねぇ、マジックバッグに入れておけば、たぶん腐りはしないだろうけど、勿体ない。折角、これだけの人数に恩を売れるチャンスなのだ。活用しなければ、勿体なさすぎる。




「もちろんです。彼等には貸しとしておきましょう」


「……聞いてた通りの人間だ」




 その通りですよ。一方的に貸し付けて、利子が膨らんだところで回収するスタイルです。


 苦笑いするシェフと、声を上げて喜ぶギャラリーは対照的だ。




「これだけの客を相手にできるとはな。料理人冥利に尽きるよ」




 シェフが指パッチンすると、そこにはシンクやコンロなどの調理器具が出現する。聞くところによると、シェフのユニークスキルらしい。素直にすげぇわ。


 そこからはシェフの独壇場だった。流れるような動きで、みるみる料理が完成していく。それをギャラリーたちは大盛り上がりで見て、食っていた。俺も料理を食べてみる。


 うっま! 豚肉よりは固めだが、噛み切れない硬さではなく、寧ろ噛み応えを提供し、噛むごとに強い旨味を含んだ肉汁が弾け飛ぶ。ジビエ独特の臭みも香草で綺麗に消えていて、とても食べやすかった。


 久しぶりの料理はとても美味しかった。

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