第29話 塞翁が馬ってこれか
遠くからその光景を見つつ、俺たちはコソコソと相談をする。
「猪ね」
「ボタン肉だ」
「ジビエは匂うって聞いたけど」
「時期と処理でだいぶ変わるって話だぞ」
時期は忘れたが、血抜きをしっかりやらないと駄目なことは覚えている。血抜きは首の頸動脈を切れば良いんだっけな? で、川とかで汚れを落としたはずだ。その後、内臓を出すんだろ?
何で知ってんだ、だと? そりゃあ、人生一度は猟師に憧れちまうのが男って生き物さ。動画サイトで狩猟の様子を見てしまうくらいには、憧れていた。生活が成り立つなら成りたかったくらいだよ。
俺はうろ覚えな知識をアイナに教えて、作戦を考える。と言っても、俺が突撃して、すれ違いざまに頸動脈を切ることになった。
何という作戦だ。俺でも思い浮かびそうだ。というわけで、突撃。
隠密を使っているはずの俺に気がついた猪も、俺に向かって突撃してくる。流石は野生動物。ゴブリンほど間抜けではない。
「突撃すると思った? ざんねーん! よけまぁす!」
猪と衝突間近、俺は飛び込むようにジャンプし、猪の上空を通過する。そして、上から猪を見つつ、槍を猪の首目掛けて突きを放つ。背骨に当てて首ちょんぱしないように、中心からずらして放たれた突きは見事、頸動脈を切断し、辺り一面に血が舞った。猪が転がるように倒れる。
俺はその様子を見ていたので、見事、着地に失敗した。思いっきり尻もちをついてしまう。
あー、ケツデカくて良かった……。いや、よく考えれば肉体も変わっているから、俺のケツは小さくなっているのでは? 俺の自慢のプリケツが……! ま、いいか。
「あなた、性格変わった?」
「元々だ」
そんなジト目で見るなよ。俺の性癖にぶっ刺さるぞ。おれにはこうかばつぐんだ!
そんな馬鹿なことを考えつつ、猪の様子を窺う。血溜まりの中に倒れこむ猪は瀕死だ。
「本当は手足縛って、口も縛ってから血抜きだが、これなら縛る必要はなさそうだな」
俺はロープを取り出して猪の後ろ脚を縛り、手近な丈夫そうな木にぶら下げる。
ステータスが上がっていて良かった。力はいるが運べる。ステータスは正義。
ぶら下がった猪の下には血溜まりができ始める。俺はスクロールを取り出して、ウォーターボールの魔法を使った。血と泥汚れを落とすためだ。
「何しているの?」
「汚れ落とし」
「あの魔法では駄目なの?」
「あれ? あぁ、あれか」
男女問わず嬌声を上げさせる魔法、じゃなかった、綺麗にする魔法だ。土汚れはできそうだが、血はどうだろうか。体内にある血も汚れ認定できたら、恐ろしい魔法になるが。とりあえず、使ってみるか。
俺は綺麗にする魔法を猪に使ってみると、猪は泥汚れや毛皮に着いた血は綺麗になった。でも、頸動脈からの血は滴っている。
「血が出ているわ」
「生物に直接影響はしないのか? 猪は動かないが、まだ心臓は動いているだろう。死んだら体内の血液を除去できるかもしれない」
それが可能なら、適当に殺しても血抜きができるということだ。そうなってほしいな。
「魚なら血管に水を流して血抜きもできるが、猪はどうなんだろうな」
「……何であなたはそんなことばかり知っているのよ」
「煩わしい現代社会から解き放たれたいと足掻いた結果だ。残骸しか残っていないがな」
山奥で自給自足できたら最強じゃね? と思ったが、日常生活に忙殺されて、計画も頓挫したのだ。その残骸が、今こうして役に立っているのだから、人生どうなるか分からんな。
「血もだいぶ減ってきたな。内臓を出す準備をしておくか」
俺は新しくナイフを取り出した。腰に装備している解体用ナイフも、綺麗にする魔法を使っているので清潔だが、ゴブリンの解体をしたナイフで猪を捌くのは抵抗がある。
俺はナイフを手に取って、猪の腹に押し当てる。
「アイナ、見たくないなら後ろ向いとけ」
「お気遣いどうも。でも、見るわ。あなただけに負担をかけたくはないもの」
健気だなぁ。俺は動画とかで見たことがあるから耐性はあるが、いきなり生で見るのは刺激が強かろう。ま、それがアイナの決断なら、尊重するか。サポートする準備だけはしておくけど。
俺は猪の腹を裂いた。腸がだらりと飛び出て、他の内臓も顔を覗かせる。俺は記憶を頼りにして内臓を取り出す。ちゃんと処理すれば食べられるのだろうが、病院もないその世界で寄生虫などは怖いので、内臓は食べずに捨てることにした。
動画では簡単にやってたが、案外難しいな。魚なら俺もやったことがあるけど、参考にもならねぇ。勝手が違い過ぎるぞ。とりあえず、膀胱と胆のうだけは破かないように注意しないと……。胃と腸も傷つけると面倒だ。あー、これ大変だ。
四苦八苦しながら、俺は何とか内臓を全部取り出すことに成功した。やったね!
「ふぅ……。何とかなった。……うわぁ、服が血だらけ。これは酷い。ホラゲーの敵でいそう」
パパッと魔法で綺麗にして、俺はアイナをみた。そこには青い顔をしたアイナが立っていた。
ほら、言わんこっちゃない。しばらく肉は食えそうにないぞ。
「大丈夫か?」
「……大丈夫よ」
「無理するな。あっちの木陰で休んでろ。片づけたら呼ぶから」
「……そうするわ」
まったく。手のかかるお嬢さんなことで。でもまぁ、仕方ないか。ゴブリンやイモムシの血は赤ではなかった。紫とかの絵具をぶちまけたような色だったので、血に濡れた内臓も何処か偽物っぽさがあった。
それに比べ、猪の血は人間と同じく赤い。この辺りに充満する血の匂いも含め、嫌でも人間の内臓と結び付けてしまう。慣れてもらうしかないが、しばらくは時間がかかりそうだ。
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