第25話 俺のいないところでやってくれ

 俺は天導の目を真っ直ぐに見つめる。天導も俺の雰囲気の変化に気がついたのか、背筋を伸ばした。




「アイナさんは生き物を殺した経験がございますか?」


「……ないわ」


「魔物は殺すものです。倒すものではありません」




 魔物も生き物だ。切れば血が出るし、臓器も飛び出す。死にたくないから、本気でこちらを殺しに来る。そこにあるのは命のやり取りだ。決して、ゲームのようにボタンを押すだけではない。倒したら死体は消えて、金やアイテムが転がるわけでもない。


 その話を聞いて、天導はゴクリと固唾を飲み込んだ。




「覚悟はありますか? 生き物を殺す覚悟が。アイナさんはまだ幼い。アイナさんが魔物を殺すことを拒んでも、周囲の大人は文句を言わないでしょう」




 まだ子供の女の子に命のやり取りをしろ、とは、あの日本で育った大人なら誰も言えないだろう。現に、門番君のように怖くて居残りした人間もいるのだから。


 しかし、俺がそれだけ言っても、天導の目には欠片の揺らぎも無かった。




「覚悟はあるわ。その考えにわたくしも至ったから。でも、わたくしは独り立ちしたいの。そのために必要なら、わたくしは躊躇しません」




 なんという子だろう。俺が天導と同い年だった時は、こんなにしっかりしていなかった。環境が死んでいたから同列に扱うのもどうかとは思うが、それでも強いと思う。


 その覚悟に敬意を表して手伝いたい気持ちはあるが、俺はそこまで強くない。いざとなった時、俺は誰かを助ける余裕はないと思う。それに、俺は俺の身が第一だ。俺は他人を簡単に見捨てるタイプだ。天導に相応しくない。




「お気持ちは分かりました。それならば、交流のあるグループにお話しを通しておきましょう」


「何故? あなたが手伝うのではなくて?」


「私は自身の事で手一杯なのです。他人を気にかけられるほど強くはない。対象を守らないボディガードに意味はないでしょう」


「それは……そうね」




 納得してもらったようで何よりだ。言った事も事実だが、他人とずっと一緒では、この仮面を外せない。それは息苦しすぎる。




「いつ向かいましょう? 早めに行かなければ、お話を通せる方が出かけてしまうかもしれません」


「そうね。何が必要かしら?」


「バックパックに入っていた服とナイフを装備して向かえば、問題ないと思いますよ。もちろん、バックパックも必要です」


「すぐに着替えてくるわ。待っていてちょうだい」




 そう言って天導は出ていった。俺も着替えることにする。


 10分経たずに天導は戻って来た。




「待たせたわね」


「待っていませんので、お気になさらず」


「そう。……あなた、バックパックは?」


「マジックバッグがありますので」


「羨ましいわ」




 そんな目で見るなよ。あげないからな。スペアはあるけど、あれは交渉用。


 身体に対して大きいバックパックを背負う天導と共に、一階の会議室に向かう。会議室前には人が立っていたが、門番君ではないようだ。その人に声をかけようしたその時、会議室のドアが開き、爽やか君が出て来た。イケおじたちも一緒である。




「あ、おはようございます。神崎さん」


「おはようございます。九城さん」




 互いに挨拶を交わすと、爽やか君が天導の存在に気がつく。




「神崎さん、そちらのお子さんは?」


「我々と同じく、こちらに転移してきた子です」


「初めまして。わたくしは天導 アイナ。よろしくお願いいたしますわ。九城さん」




 ん? と俺は首を傾げる。最後の言葉に、非常に棘があったように感じたからだ。ちらりと天導を見ると、俺が嫌いな人間に向ける目をしていた。


 それに対して爽やか君は、一瞬驚いたような顔をすると、こちらも天導と似た目をする。


 は? こいつら知り合いか? しかも仲悪そうだ。おいおい、面倒事はよそでやってくれよ。俺を巻き込まないでくれ。




「天導の魔女とご一緒とは、神崎さんはそちら側でしたか」




 そちらってどちらよ。ロリコンってことか? 殴るぞ、爽やか君。




「ええ、神崎さんには色々教わりました」




 やめろ天導! 俺を進んで巻き込むな! イケおじとか門番君とかの視線が痛い、痛すぎる。こいつらの口を黙らせないと、俺が大変なことになる。いや、もうなっている。




「お二方とも、いがみ合うのは構いませんが、私を巻き込むのなら事情を説明してください」


「情報には対価が必要ですが?」




 ほほう? そういうこと言っちゃう? 勝手に巻き込んでおいて、理由は教えないパターンか。ゲームだと最悪の結果に繋がるやつだよ、それは。




「そうですか。自分の都合に他人を勝手に巻き込むのが九城さんのやり方ですか。わかりました。では、私は天導さんの肩を持つことにいたしましょう」


「……神崎さんはそちら側ではないのですか?」


「さっきまではそうでした。今はこちら側です」




 そちら側だの、こちら側だの知ったことか。ムカついた以上はそれに敵対するまで。俺の全手札を使って対処してやる。俺の陰険さを嘗めるなよ。


 俺の言葉に顔色を変えた爽やか君と、綺麗な目を真ん丸にして驚いている天導の差が面白い。


 爽やか君にとっては嫌だろうな。ただでさえ個性的で対処しにくい俺が、営業スマイル全開で目の前にいるのだもの。心情的には敵対したくない人間が、自身が嫌う側についたらそんな顔もする。


 俺は全力の営業スマイルで爽やか君を見た。

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