第20話 あれは嘘だ

 疲れたし気分転換に散歩でもするか。


 反省会を終えた俺は、昼食がてらあれを齧って立ち上がる。




「とりま、あれだな。椅子とか机とかかっぱらってこよう。部屋が殺風景すぎる」




 部屋の大きさに対して、家具が少なすぎてつまらないのだ。俺の住んでいた安アパートは6畳のワンルームだったから家具は最低限だったが、折角広い部屋に住んでいるのだし、飾りつけしてみようと思う。


 お前のセンスとか草? よくわかってんじゃねぇか。何もない方がマシ、と言われる俺の美的センスに震えるが良い。




「欲しいのは衝立? みたいなやつだな。誰かが来るかもしれないのに、ベッドが丸出しはいただけない」




 面倒くさがりな俺は、ベッドの上に着替えとか置くタイプだった。今もマイジャージがベッドの上で脱ぎ散らかされている。誰かに見られたら、いい歳した大人がなんてはしたない、って思われる。


 なら片付けろって? 自室くらい怠惰でいさせろ。会社では真面目で通っていたんだ。




「何処にあるのかなっと。爽やか君に聞くか……吹っ掛けられそうだな。イケおじあたりに聞くか。昨日、散々話をねだられたし」




 そうと決まればさっそく実行。思い立ったが吉日。俺の拙速は不幸の始まりってな。


 部屋から出て、俺は建物内部を歩く。よく考えたら、しっかりとこの建物を見物したことなかったことを思い出し、初めて都会に出て来た田舎者が如く、キョロキョロしながら歩く。




「見れば見るほど、大学っぽいな。すぐ飽きそう」




 似たような風景がずっと続くので、俺は早いとこ目的を達成することに決めた。


 とりあえず、爽やか君のグループの誰かがいそうな、昨日使った会議室に向かう。時たま他人とすれ違うが、俺はスキルを使っているので、気にする素振りすら見せない。




「お、神崎さんだ。どうしたんです?」




 会議室が見えたあたりでスキルを解除すると、会議室の前に立っていた男に見つかる。俺は見覚えが無いが、昨日の話し合いの場にいた誰かだろう。




「実は、自室に机や椅子を置きたいのですが、在庫は何処にあるのでしょう?」


「あぁ、それなら……」




 男の話によると、机や椅子などの資材は三階に集中して存在しているそうだ。数が多く、使い道も限られるので、勝手に持って行って良いそうだ。


 俺は男に例を告げると、踵を返して三階に向かう。三階の各階段横の部屋。そこにあることを教えられたので、それに従って動く。




「おぉ、あるある。机に椅子、衝立、棚、箱。よりどりみどりさんだ」




 机一つでも、様々な形と大きさが存在し、誰かのニーズがきっとある状態になっていた。


 俺は各種シンプルで使いやすそうな物をいくつか選出して、マジックバッグに入れた。




「目的は達成したが、失敗したな。イケおじとかのこと聞くの忘れた」




 イケおじからは剣術と体術を習う約束を取り付けてある。イケおじ本人は刀を使うらしいが、スキルには剣術があるので、俺の教師になってもらった。


 それ以外にも何人かから教えてもらうことになっているので、誰かしらいてくれれば、俺のスキル上げになる。




「仕方ねぇかぁ。もう一度聞きに行こ」




 こんな短時間で2回も同じ人に尋ねごとをするのは、なんだか恥ずかしいが、背に腹は代えられない。一階に下りて、俺はもう一度、あの男に質問しに行った。




「神崎さん、どうしたんですか? 見つかりませんでしたか?」


「いえ、そちらは問題なく見つけられました。再び来たのは尋ね忘れたことがあったからです」




 俺は約束を取り付けている人物の名前を挙げる。




「今は斎藤さんならいますよ。それ以外は外に出てます」


「外に? 魔物を倒しに行ったのですか?」


「はい。この世界で生き抜くにはレベルを上げなければ意味がない、という結論になりましたから」




 地球に帰りたくても、方法がわからない。方法を探すにしても、この世界で生きていく必要がある、と爽やか君を筆頭に、何人かがグループ内を説得して回ったそうだ。俺が持ち帰った情報を基に、パーティーを組んで探索に向かったらしい。


 昨日はただ引きこもっていたわけではない事を知って、俺は驚く。むしろ、率先して外に出ようとしていたとは考えてもみなかった。


 賢明な判断だと思う。そして、安全と効率を両立しながら進めるその手腕に脱帽だ。帽子はないけどな。




「私も負けていられませんね。斎藤さんはいらっしゃいますか? 私もスキル上げをしようと思います」


「神崎さんもストイックですね。九城さんもそうですけど、尊敬してしまいます」


「私は昨日、ゴブリンにしてやられましたから、強くなることの必要性を誰よりも理解しているだけです」


「昨日の話は本当だったんですか。俺も強くなった方がいいですか?」


「私はそう思いますよ」




 戦うことが怖くて、ここに居残りしていた男-門番君は悩んでいる様子を見せながら、斎藤さんを呼んできてくれた。熊のようにデカくてガタイの良い、ひげ面の男がやって来た。




「神崎か。さっそく棒術を習いに来たか」


「はい。今すぐでも大丈夫ですか?」


「ああ、問題ない。居残りで暇だったんだ。外行くぞ」


「斎藤さん、彼も良いですか?」




 俺は門番君を指差す。髭熊も驚くが、何よりも門番君が驚いていた。




「彼は戦うことに恐怖しています。強くなれば、それも多少は軽減されるのではないか、と思ったのですが……」


「別に俺は問題ないぜ。後藤は?」


「あ、で、では、お願いします」




 それから日が暮れるまで、玄関先で棒を振り回す男二人と、大男の熱血ボイスが聞こえたとかなんとか。


 ただ一つ言えるのは、俺の休日は無くなったってことだ。

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