第16話 衆目を集めるのは苦手

「は、はい?」


「結構です、と言いました」




 こういうのははっきりと断っておかないと、相手の良いように解釈されるからな。気を付けろよ。悪質なセールスマンは何処にだっているぞ。


 爽やか笑顔から一転、間抜け面を曝した爽やか君は理解できないといった表情だ。




「私に話しをする理由がありませんので、お断りさせていただきます」




 3回もはっきりと断り、俺は爽やか君の横を通り過ぎて、逃げるように自室に向かう。早く戻ってベッドに寝転がりたいぜ、と思っていたが、どうやらできないようだ。




「待ってくださいっ!」




 逃げられない。回り込まれてしまった。俺は再び営業スマイルを張り付けて立ち向かう。




「まだ何か? 私は疲れているので、早く帰りたいのですが」




 これは本音だ。いやマジで。この後、反省会も開かなければならないのだ。こんなところで体力を使いたくない。


 足を止めた俺に対し、爽やか君は笑顔に戻った。




「単刀直入に言いましょう。我々は情報が欲しいのです。それと、神崎さんが持っているであろう資材も分けて欲しいのです」




 やっぱりな、という気持ちと、素直に口を開いたことに対する感心の気持ちが、同時に湧き起こる。


 さて、どうしたものか……。ほとんど情報の無い俺の自室に目星をつけて、見張るくらいの事ができる相手だ。俺よりも若そうな見た目だが、俺が思考で勝てるとは思わない方が良い。俺はせいぜい、ゴブリンに勝てるくらいだ。そんな俺が謀略を練ったところで、たかが知れている。


 いろいろ考えた結果、俺は口を開いた。




「内容次第ですね。私に利益がない取引は致しません」




 爽やか君の目は信頼できる。これはスキルでもなんでもなく、俺が地球で得た経験から来るものだ。運の悪い俺だが、いや、だからこそ、この俺の目は信用できる。




「よかったです。立ち話もなんですし、移動しましょう。ついてきてください」




 そう言って、爽やか君は階段の方へ歩き出した。


 今なら走って逃げきれそうだが、それは今後の事を考えると悪手だろう。大人しくついていくことにする。


 黙って歩くのも何だから、俺が話し合いに向かう理由を説明しよう。


 1つ目は爽やか君の目だ。俺を殺して資材を奪おうとする人間ではなく、信頼できると判断した。


 2つ目は味方の問題だ。今の俺は味方がいない。しかし、ここにいる人間は、数十人はいる。いくら俺でも、全員を相手取って勝てるわけがない。信頼のおける味方が作れるチャンスなら、活用すべきだ。


 3つ目は情報だ。現状、俺が一番情報を持っているだろう。だが、それも今だけだ。俺が2日で得た情報など、すぐに知れ渡る。できるだけ早く、俺の持っている情報を高値で売りたい。そして俺は生産職だ。戦闘職のように探索に向いていない。外で得られる情報は誰かに教えてもらう必要がある。そのツテは必要だ。


 諸々を考えて、俺は最善の選択肢を取ったつもりだ。そうあってほしい。


 そんなことを考えていると、目的地に到着したようだ。




「(1階の大部屋……。ここってマジックバッグを拾ったところか)」




 爽やか君に招かれて入室する。そこには机が四角形に並べられており、会議室のような雰囲気を醸し出していた。




「みんな、神崎さんを連れてきたよ」




 爽やか君の言葉に、部屋にいた人たちの視線が一斉に俺に集まる。ある者は興味深そうに、またある者は警戒心剥き出しで。色々な気配が伝わってくるが、人間の気配の中でも敵意に近いものはゴブリンに似た感覚がする。どうやら、気配探知は敵意や害意にも違う反応を示すようだ。




「(来るんじゃなかった。めっちゃ見てくるし)」




 表面上は平静を装っているが、内心はビックビクである。チキンハートな俺にこの視線は堪えるぞ。


 と、見知らぬ顔ぶれの中に、見覚えのある顔を見つけた。茶髪君だ。怪我とかはしていなさそうだ。よかった。




「へぇ、本当に居たんだ。神崎って人」


「だから言ったじゃないですか! 滅茶苦茶目つきの悪い灰色の髪の男の人だって!」




 おい茶髪君、それは暴言だぞ。おじさんだって傷付くこともあるんだからな! そう言葉に出したいのをグッと堪え、俺は何食わぬ顔で適当な席に座る。




「……それは自信の表れか?」




 そう言ったのは、俺と正反対の位置にいるおっさんだった。白髪の目立つ黒髪で、この人も茶髪君のように三角の耳がついている。目算50代くらいだろうが、なかなか渋くて格好いい。イケおじだ。


 しかし、自信とは何だろう。俺の人生は後悔ばかりで自信とは無縁だが。


 質問の意図が分からない俺は、とりあえず営業スマイルでお返しする。スマイルは0円だからな




「大和さん。そんなふうに睨むのは……」


「睨んでなどおらん。そいつの方が睨んどるだろ」




 すんません、生まれつきです。


 俺は誠心誠意平謝りする。心の中で。




「すいません、神崎さん。大和さんは怒っているわけではないのです」


「いえ、私の目つきが悪いのは事実ですから」




 これは事実。何度不良に絡まれたことか。あいつら全員消えればいいのに。おっと、脱線した。こんな居心地の悪い空間から早いとこ出ていきたい。さっさと話を終わらせよう。




「それで、情報が欲しいとのことでしたが、何が知りたいのでしょう? 私もここに来たばかりなので、詳しいことは分かりませんが、できる限りお答えしましょう」


「欲しいのは情報と資材ですよ、神崎さん」




 ちっ、忘れてなかったか。

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