第15話 災難は災難を呼ぶ

「あ~、疲れた……」




 俺はようやく見えた建物を見て、そう呟いた。やっと帰ってこれた。涙がちょちょ切れそうだぜ。


 窓から光が伸びて地面を照らしている。




「電気なんてついてたんだな。気がつかなかった」




 早朝を思い出すと、確かに明るかった。部屋の電気はついていなかったが、もしかしたら明かりがつくのかもしれない。




「いや、おかしいだろ。なんで電気が来ているんだよ。トイレも水洗だったし、意味わかんねぇよ」




 よくよく考えたらおかしいことだらけだが、疲れているのもあるし、俺にとっては都合が良いので放っておこう。そうしよう。ご都合主義、万歳。


 俺が何でこんなに疲れていると思う? 本来の予定では明るいうちに建物の近くで待機する予定だったのが、大幅にずれ込んだからだ。




「この年で迷子になろうとはな……。ははっ、人生迷子だったわ」




 次は目印になるものを作っていこう。絶対に。錬金術なら作れるはずだ。


 俺が疲れているのは、何も迷子で歩き回からだけではない。ゴブリンも通り魔してきたし、スライムにも出会った。魔石を大量にゲットできたし、あのゴブリンのような異常な奴もいなかった。それは、ステータスが上がったからか、そこまで疲れなかった。


 問題は馬鹿でかいイモムシと大量に戦ったからだ。


 大人一人分くらいの大きさのイモムシだ。動きはのろまで攻撃は当たりようがなかったが、口から糸を吐き出すわ、無駄に耐久はあるわ、血は濁った青色で気持ち悪いわ、数は多いわで大変だった。あいつらゴブリンよりも強いぞ。




「この槍が無かったら死んでいた……」




 大きい分、皮が硬く、肉は弾力があった。打撃ではダメージを与えにくく、ナイフや短剣では切断や心臓を貫けない。心臓に届かせるには、槍の穂先が完全に肉に埋まり、さらに差し込んで到達したくらいだ。初心者殺しと呼ぶに相応しい。




「魔石と素材がいいのが救いか……」




 魔石はゴブリンの3倍~5倍の大きさがあり、素材は糸袋と大量の虫肉。虫肉は食べる事ができるらしい。死んでもいらんが。


 何? 貴重なたんぱく源だ? じゃあ、お前が食えよ。俺はいらん。虫は地球にいた時のイナゴと蜂の子で懲りたんだ。




「……人が出歩いているな。どうすっかね……」




 気配探知に複数の気配がいる感覚が伝わっている。歩いていたり、複数で立ち止まっていたり、様々だ。




「マイルームまで見つからないのは不可能だな。しれっと混じって戻るが吉とみた」




 そうと決まれば行動開始だ。俺は槍をマジックバッグにしまい、魔法で体を綺麗にしてからコソコソ移動する。人が少なく階段が近い玄関を選び、俺は建物内部に飛び込んだ。


 そして、何食わぬ顔で廊下を歩く。隠密のスキルが効いているのか、すれ違う人が俺を気にする様子はない。




「(もしや、とは思ったが、誰もかれも髪色が黒じゃないし、瞳の色もカラフル。耳だの、角だの、尻尾だのはやしてやがる。ハロウィンの渋谷か、ここは)」




 毎年、世間を騒がせている馬鹿騒ぎのような光景なのだが、どの人の目にも不安や警戒の色が浮かんでいる。おかげさまで静かで良い。


 俺は難なく1階を突破し、一気に5階まで階段を駆け上がった。そして、階段を抜けた先にいた人物と目が合った。




「(嫌な予感がする)」




 そんな俺の勘は当たっていた。俺と目が合ったそいつは爽やかな笑みを浮かべて向かってきた。




「(普段は当たらないくせに、こういう時は当たるのは、本当にやめてほしい)」




 俺は心の中でため息を吐いた。まだ距離があるので逃げることも考えたが、それは事態を悪化させるような気がした。なに、ただの経験談だ。




「初めまして。九城 ハヤトと申します。あなたが神崎さんですね?」




 そいつは礼儀正しく挨拶してきた。尖って長い耳はエルフだろうか。俺と違って、キラキラと輝くような銀髪は綺麗に整えられていて、サファイアのような瞳の爽やか笑顔と相まって、第一印象は完璧だ。




「こちらこそ初めまして。九城さん。私が神崎です」




 俺も鍛え上げた営業スマイルで対抗する。飲み会やらで鍛えた俺のスマイルは強いぞ。同僚の神崎からは、目が笑ってない、と大好評だ。




「ケンスケ君からお話を伺いました。親切にいろいろ教えてくれた、と聞いております」


「そうですか。彼の力になれたのなら良かったです」




 茶髪君はこいつと接触したようだ。それで俺の話を聞いて、俺に興味を持ったのか。いや、俺が資材を独り占めしたことを理解しているな、こいつ。ゆするつもりか。




「彼の話を聞いて、私もお会いしたいと思ったのですが、何処にいらっしゃるのか分からなくて困っていました。まさか、こんなところで偶然にも出会えるとは思ってもみませんでした」




 嘘つけ。絶対監視してただろ。歩いていた奴らはお前のお仲間だろ、たぶん。




「ここで出会えたのも何かの縁ということで、どうでしょう。お茶でもどうです? こちらに来てからの積もる話しでもしませんか?」




 なるほど。要は情報を吐けって話ね。ついでに資材の交渉をしようと。ふーん。


 俺は極上の営業スマイルを張り付けて、こう答える。




「結構です」




 イケメンの間抜け面は最高だなぁ、おい。

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