第12話 犯人は現場に戻るものですよ

「ふぅー……」




 俺はゴブリンたちの追撃を逃れ、木にもたれ掛かりながら額の汗を拭う。


 あぁん? そこは戦うところだろって? 無理無理。俺みたいな平和主義者に戦闘なんて荒事できないって。うん。平和主義者ってのは嘘かもしれん。初手、不意打ちで殺したし。


 ちなみに、俺の気配探知の範囲ギリギリにあのゴブリンたちはいる。俺の後を追ってきたが、すぐに追撃を諦めてスライムのところに戻った。




「さて、不意打ち二回目と行こうか」




 俺だってただ逃げた訳じゃない。俺が最大限有利になるように、そして、相手が最大限不利になるように動いたに過ぎない。


 1匹目と二匹目のゴブリンとの戦闘から、俺の勝ち筋を計算した結果、不意打ちが一番勝率が高いと判断したのだ。


 俺は音を立てないように注意しながら、もとの場所に戻る。そして木の陰に隠れながら様子を窺った。




「(まーた、スライム殴ってるよ。仲間の死体は放置か、可哀そうに。殺したのは俺だけど)」




 相も変わらずグギャグギャ言いながら、こん棒でスライムを殴るゴブリンは、学習能力が低いらしい。敵の過小評価は危険だが、過大評価は無駄に体を強張らせるだけだ。


 俺はそろそろとゴブリンたちの背後に移動し、呼吸を整えて駆けだす。そして、一回目と同じように横なぎに払う。




「あー、グロい、グロい」




 1匹目と同じように肉塊になり果てたゴブリンを見下ろす。そして、俺はおもむろに腰に下げていた厚手のナイフを抜いた。魔石を採るためだ。




「こういうのは大体心臓か脳みそって相場が決まってんだよなぁ。……ほら、当たり」




 ナイフで心臓のあたりを突き刺し切り開く。ナイフで弄っていると、硬質な触感が伝わってきた。器用にナイフで取り出すと、血に濡れた魔石らしきものが出てくる。




「……鑑定ができるな。やっぱり魔石か」




 本物の魔石か確認するために、ゴブリンの死体を鑑定してみたら成功した。というか、死体は鑑定できるんだな。しかも、装備品や素材として使えるものが一度に分かる。地味に便利だ。




「使える素材はほとんど無いな。流石ゴブリン。角とって終わりか」




 この角は素材らしい。鑑定にそう出ていた。でも、何に使うかは分からない。そこは新レシピを思い浮かんで欲しかった。


 俺はササッと3匹のゴブリンから角と魔石を取り出した。




「死体、どうすっか……。放置でいいかな」




 埋めるのも、燃やすのも大変なのでしたくない。どうしたものかと頭を悩ませていると、例のスライムがゴブリンに乗っかっている姿が目に入る。




「……違う。こいつ、ゴブリンを喰ってるのか?」




 スライムは乗っているのではなく、死体を体内に取り込んでいるようだ。時間がどれほどかかるか知らないが、スライムの餌になるなら放置で良いか。


 スライムも倒せば魔石が手に入るが、何となく可哀そうに思ったので見逃すことにした。




「あばよっ! 達者でな!」




 俺はそう言い残し、颯爽とその場を立ち去るのだった……。




「あーあ、相手が女なら惚れちまうな。俺って罪な男だぜ」




 あのスライムが美女になって来ねぇかなぁ。……やっぱいいわ。合体したら、いろいろ溶かされそうだし。


 息子がドロリと溶かされる姿を想像した俺は、思わず身震いした。


 そんな馬鹿な想像をしていた俺に、腹の虫が苛立たし気に文句を言い始める。




「朝飯には丁度いい時間だな。食うか、珍しく」




 俺はまず体を魔法で綺麗にしてから、マジックバッグからカ〇リーメ〇トを取り出して口に放り込む。昨日、夜から食べていないからか、味は微妙なのに美味しく感じた。空腹は最高の調味料とはよく言ったものだ、と考えながら完食する。水を飲んだら終了だ。


 俺は歩きながら、ゴブリンの強さを思い出す。




「ゴブリンがあの程度か……。魔物より獣の方が強くないか、たぶん」




 俺は苦戦したが、逆に言えば、俺程度でも勝てるのだ。猪や熊といった野生動物の方がよほど強いだろう。今の俺でも勝てる気がしない。




「いや、ワンチャンあるか? 槍が強いし」




 そもそもゴブリン戦も、この槍があったから余裕で勝てたのだ。いくら物理学さんを味方につけても、俺の技量では背骨ごと胴体を切断できるなど不可能に近い。異様な切断力を誇る槍があれば、勝てる可能性も出てくる。




「でも、挑まないけどね。もう少し強くなってから挑戦だな」




 ゴブリンにすら躱される俺の技量では、野生を生きる獣に届くとは思えない。これでまた、鍛える理由が増えた。槍関連のスキルがあるのかは知らないが、とりあえず突きから練習しよう。


 俺が今後の方針を決め終わったくらいで、また気配探知に反応があった。ゴブリンにそっくりだ。


 俺はコソコソと気配を消しながら、そちらの方に向かって歩を進めた。

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