第11話 第一魔物発見!

 俺は大木の陰に身体を隠し、そっと頭だけ出して向こうを覗き込んでいる。ちょっとばかし不審者じみているのは認めるが、決してストーカーのような真似はしていないし、したことはない。怪しい、だと? 残念ながら真実だ。ストーカーをする暇があるのなら、一刻も早く自宅に帰って寝たいと思うくらいには、真っ黒な会社にいたからな。


 今、俺が見ているのは魔物だ。第一魔物発見だ。そいつは巨大なわらび餅みたいなやつ、つまるところスライムだ。




「何だかんだ、異世界ものでのスライムは強キャラだからな。気を付けるに越したことはない」




 なんせ、あの日本で一番有名なネット小説サイトにも、最強のスライムがいたのだから。


 というより、異世界もののスライムの強キャラ率高過ぎじゃね? そんなのが闊歩していたら、あっという間に世界は滅んでいる気がする。


 ズルズルとすごくゆっくりな動きで進むスライムの内部には、魔石らしきものが浮いていた。それ以外にも、取り込んだらしい草やら小石やらが混じっている。




「どうするか……。処すか、魔石欲しいし」




 あのスライムボディにそこらで拾った木の棒を突き刺して、魔石を弾き出せば勝てそうな気がする。何で槍を使わないのかというと、スライムの内部って溶解能力があるんじゃね? と思ったからだ。




「さてさて、どうかクソ強スライムではありませんようにっと。……ん?」




 木の陰から出ようとしたその時、気配探知に何かが近づいてくる感覚があった。何というか、今までと違う感覚に、俺は再び木の陰に隠れる。今までの気配は、人間の気配と目の前のスライムだが、それとは明らかに違う。感覚的なものなので、違いを説明するのは難しいが、刺々しいというか、禍々しいというか、とにかくそんな感じだ。


 そこから数分でソレは現れた。緑色の肌に、額に小さく飛び出た角、粗末な腰蓑を巻いた小学生くらいの大きさの魔物、所謂ゴブリンだ。それも三匹。




「(おいおい、どうするよ。どう見ても味方の雰囲気じゃねぇな。こん棒もってるし。肌がヒリヒリとするようなこの嫌な感覚は、あのクソ上司とかの類だな。敵だわ)」




 俺が脳内会議をしている最中、ゴブリンたちはスライムに向かっていった。そして手に持っていたこん棒でスライムを叩き始めた。




「(魔物同士でも戦うのか……。しかし、あのスライム倒れないな。クソ強スライムか? まあいい。俺は俺でやらせてもらうとしよう)」




 実はゴブリンが善良な魔物説も考えたが、俺の感覚と目の前の光景を見て違うと断じる。


 俺は手にそこらで拾った石を持ち、ゴブリンのさらに向こうの茂みに向かって、左右二方向に投げた。石が茂みを揺らし、ガサガサと音が鳴る。スライムに夢中になっていたゴブリンたちは石のことなど見えておらず、グギャグギャ言って一匹ずつ音の鳴った方に向かって行った。




「(今だ!)」




 俺は槍を持って駆け出す。隠密のスキルのおかげか、その場に残ったゴブリンは、後ろの俺に気がつく様子はない。俺は槍を全力で横なぎに振るう。穂先がゴブリンの胴体にクリーンヒットし、ゴブリンを真っ二つにした。




「(やっべ。グロい。魔力を流し過ぎたか……)」




 上下別れたゴブリンが、グシャリと崩れ落ちる。人間と比べるとかなり黒っぽい血が噴き出し、内臓が顔を覗かせる。そのショッキングな光景と血の匂いに、俺は顔を顰めた。


 だが、それもつかの間。ゴブリンが倒れる音を聞いてか、走るように戻ってくる二匹のゴブリンの気配を感じた。


 予想通りの行動に、俺はすぐさま次の行動に移る。槍を構え、向かってくるゴブリンの片方に狙いを定め、駆け出した。2対1では俺に分が悪すぎる。戦いなどしたことはなく、生産職の俺は不意打ちが基本戦術だ。正面から戦うならサシが限度だ。


 速度の乗った槍の突きは、しかしながら、たかがゴブリンにすら避けられた。




「避けた!?」




 ゲームや異世界ものの多くでは、ゴブリンは雑魚キャラだ。一匹程度なら、駆け出しでも狩れる強さしかない。そんなゴブリンに攻撃を躱された俺は、些かショックを受ける。




「(どれほどファンタジーでも現実か。そりゃあ、目の前に凶器が迫ってきたら避けるわな)」




 身の危険を感じて反射的に避けたり、守ったりするのは当然の反応だ。剣だ、魔法だと騒いでファンタジーの世界に浸っていたが、これは現実であることを再確認する。


 だとすると、俺の取るべき行動はただ1つだ。




「三十六計逃げるが勝ちぃッ!」




 俺はその勢いのまま、全力で逃げ出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る