第10話 新しい朝が来た
目が覚めると、そこには見慣れた安アパートの自室に戻っていた……。なんてことはない。安心しろ。俺の戦いはこれからだ。
「寝落ちたか、俺」
不眠症の俺にとって、寝落ちとは幸せの象徴だ。気がつけば寝ていた、という普通の事がどれほど幸せな事か再認識できるからな。
俺は周りを見回す。ベッドで寝たおかげか、身体が痛くなることはなく、元気いっぱいだ。部屋は真っ暗だが。いや、正確には月明かりなのか知らないが、擦りガラスから入ってくる淡い光が部屋を薄暗く彩っている。
さすがに暗いので、俺はマジックバッグから魔道具のランタンを取り出す。古めかしい形状で、インテリアとしても機能しそうなランタンに魔力を注いだ。本来ならば火が灯る箇所に光の玉が浮かび上がり、部屋を明るく照らす。
中々、ノスタルジックな雰囲気だ。キャンプに行きたくなる。道具は無いし、何ならサバイバル中だけどな。
「そう言えば、風呂……歯磨きもしてねぇ。最悪だ」
大っ嫌いな飲み会で、上司たちの九割がた役に立たない自慢話を聞かされながらアルハラを受けまくった時みたいじゃないか。幸せな気分が吹き飛んだ。
「歯ブラシはあったはずだが……待てよ? 生活魔法に綺麗にする魔法があったな」
俺の予想通りなら、風呂や歯磨きの時間を大幅に省略できるはずだ。そう思って、俺は昨日、履いていた初期装備の靴を取り出す。
「あー、実に芳醇な香りだ。好き好んでかぎたくねぇが、実験のためには、致し方なし」
俺は自分の蒸れた靴の匂いを嗅いで興奮する変態ではない。これは、綺麗にする魔法がどの様に作用するかの実験だ。いきなり、自分の身体に試すのは愚か者の所業だ。尚、美女と美少女の靴なら大歓迎だ。おい、なんで引くんだ? お前も同士だろ?
「どうか綺麗になってくれよ……。おお、魔法の力ってスゲー」
元々の素材の匂いはするが、綺麗さっぱり匂いが無くなっていた。触れた感触も湿っている様子はなく、俺の想像通りだ。
この調子なら問題ないだろう、と俺は判断し、今度は自分に向かって綺麗にする魔法を使ってみる。イメージは風呂で入念に体を洗った感覚だ。
「おぉ……。あぁ……。超気持ちいい」
風呂に入った快感が、ほんの数秒で全身を駆け巡ったような感覚に、俺は思わず感嘆のこれが出た。これを女に使えば嬌声が聞こえるのでは、と思った俺は天才だと思う。
「しかし、これは労働後にやるべきだな。疲れがどっと出た気がする」
風呂上がりの感覚が襲ってくるので、心地良い疲労感もセットで襲ってきた。使うなら就寝前に使うべきだと悟った俺は、次に口の中にも魔法を使う。
「こりゃいいや。すごい。超便利。」
ブレ〇ケアも真っ青な口内、息リフレッシュして、俺は恐ろしい事実に気がついてしまった。
「ハッハッハ! 俺は転生三種の神器を手に入れたぞ! マジックバッグ、鑑定、浄化。今の俺に恐れるものなど無い!」
大体の異世界ものに出てくるチートスキルを手に入れてやったぜ。何? アイテムだし、中途半端だし、神器か怪しいスキルだし、の偽物三点セットだと? い、言い返せねぇ……。
そもそも転生三種の神器など知らないから、俺が決めて良いんだよ。
「外はまだ暗いし、流石に出発には早いよなぁ。朝飯は吐きそうになるし、魔力を使うのもなぁ」
地球では仕事があるから、無理やり口に詰め込んでいたけど、今それをする気はない。折角、自由に生きられるようになったのだから、食事も好きな時に食べればいい。
魔力も槍の強化に使うから、できるだけとっておきたい。が、考えてみれば、槍の魔力強化での魔力消費量を知らない事に気がついた。
俺は槍を構えて魔力を流してみる。
「お? おお? おー。おぉ……。お!」
ふむ、大体わかった。何? 分からないだと? 仕方ない。説明してやろう。耳をかっぽじって聞くと良い。
魔力の流す量で威力は変動するようだ。少なければ威力は少し、多ければ威力も大きく上がる。俺は探検の事を忘れていない賢人なので、特性を理解してほどほどでやめたが、試した以上の魔力を槍に流しても問題なさそうだ。
そこから俺は探検の準備の再確認をした。マジックバッグから目当ての武器やスクロールを素早く取り出す練習とか、敵にエンカウントした時の作戦とかだ。
そんなことをしていると、擦りガラスの向こうが薄っすら明るくなって来た。
「そろそろか。行くぞ。俺の門出の時だ」
威勢の良い言葉と比例するようにコソコソと動き、いの一番に向かうはトイレだ。その後、気配探知と隠密を駆使しながら俺は建物を後にする。こんな早朝に出歩く人間はおらず、静まり返った建物内は幻想さと不気味さが調和した、不思議な空間だった。
結局、俺は何の問題も無く建物の外に出た。どこぞの段ボールに隠れる人もびっくりのハイド能力だ。皆も見習うと良い。
「すぅー……。息は吸えるな。ヨシ!」
とりあえず月面ではない事を確認した俺は、その足で遠くに見える森に向かって走りだすのだった。
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