第9話 まーるかいてちょん
今、俺は全神経を込めてコピー用紙に向き合っている。手に握るは槍、ではなくボールペンだ。
これほど真剣に何かを書いたのは受験以来だ。あの時は地獄だった。才能の差を嫌というほど見せつけられた。俺は無能だって突きつけられて、正直なところ記憶が半分くらいない。良いか、受験生の諸君。この世は環境と才能だ。努力は才能のあるものにしなさい。おじさんとの約束だぞ。
「あっ、ずれた」
俺が何をしているのかって? ひたすら円を描いている。それと、訳の分からん文字もだ。
意味が分からない? そうか? そうか、俺の説明が悪かったよ、うん。
俺が弱気になるくらい、魔法陣のスキルは面倒なのだ。魔法それぞれに魔法陣があり、魔力を込めながら魔法陣を書くと、スクロールが完成する。魔法陣は、例によって頭の中にあるので問題なかった。ここまでは。問題はそこからだった。この魔法陣、クソみたいに複雑なのだ。しかも、書いている途中で魔力が途切れてもダメ。多すぎてもダメ。ずれたら威力が減衰する。クソ仕様だ。ハズレスキルかもしれない。
一応、魔法陣を書こうと意識すると、書こうとしている魔法陣が薄っすら見えるので、なぞるように書いてはいるが、フリーハンドで真円は無理。しかも複数。このスキルを考えた誰かはエアプ確実だ。
「またずれた……。これは魔法陣として機能しないな」
そうなったコピー用紙は練習用として、至る所に真円と文字が書き足される。既に、黒が大半を占めたコピー用紙が13枚、俺の周りに散らかっている。これでも最初に比べたら、だいぶ早く、正確に書けるようになったのだ。偶にずれるけど。
ググっと俺は背伸びをする。椅子も机もないこの部屋で、俺は胡坐をかいて作業したせいもあり、ポキポキと骨の鳴る音が聞こえた。
机ならあるだろ? 何言ってんだてめぇ。あれは錬金術さんで使う作業台だ。こんなクソスキルのために使って良い物ではないんだよ。わかったか!
「あぁ~、コンパス欲しい~」
少なくとも真円は簡単に書ける。それだけで労力はだいぶ減るのだ。しかし、回収した資材にコンパスは無かった。
「ないものねだりしてもしゃーねぇか。うだうだ言っても男が廃る。あー、コンパス欲しい!」
誰か、ツッコミプリーズ。もしくは爆笑を一つくれ。人前では絶対にしないけどな。
俺はもう一度ボールペンを手に取った。失敗作のコピー用紙にひたすら練習書きしていく。
それからしばらくして、俺が18枚目の失敗作に書いていた時、異変が起こる。
「ん?」
最初は気のせいかと思ったが、もう一度書いてみると、驚くほどスムーズに、正確な真円が書けた。文字もバッチリだ。何が起きたか分からず、混乱する俺だったが、ステータスを見て納得する。魔法陣のレベルが上がっていたのだ。同時に、新たな形の魔法陣が頭に入ってくる。
「三角魔法陣。攻撃魔法限定で、製作魔力が増える代わりに威力が大きく上がるのか」
とれる手段が増えたのは嬉しいが、そもそも円形魔法陣の威力もわからんのだが。まあ、いいや。
俺はとりあえず、頭にある円形魔法陣を書いていく。各属性魔法から無属性魔法、回復魔法まである。必要そうなのは多めに書いて、それらをマジックバッグに押し込んだ。
「ふぅ、あー頭いてぇ」
頭の奥から鈍痛が響く。こんな頭痛は久しぶりだ。子供の頃、インフルエンザでなったくらいか。別の意味でクソ上司は頭痛の種だったが、その話はよそう。頭痛が悪化しそうだ。
この頭痛に、俺は思い当たる節がある。だいたいの異世界物では、魔力の使い過ぎで頭痛や、気絶、場合によっては死ぬこともある。このファンタジー世界も例に漏れず、そのルールが適応されるのだろう。
何枚書いたか忘れたが、俺は準備をできるだけ整えるタイプなので、多めに魔法陣を書いたことは確かだ。その前にも錬金術でブーツと槍を作った。魔力不足になるのも致し方ない。
俺はベッドに転がり、天井を見上げる。疲れているが、眠くはない。頭痛もあるが、それ以上に今の現状に理解が追い付いていないのだ。馬鹿みたいなノリで誤魔化していたが、落ち着いて考えてみると、未だに信じられない。寝ている間に攫われて、VRゲームの世界に放り込まれた、といった方がまだ信じられる。
「さて、どうすっかな……。明日は外に出る。それは決定事項だ。バレない様に気を付けないといけないし、早朝出るか。ハッ、向こうと変わんねぇ」
自重気味に俺は笑う。何処に居ようと俺は社畜らしい。だが、会社のためだった地球と違い、今の俺は自分のために早く起きるのだ。それだけで素晴らしい。
「今日は早く寝よう。そうしよう」
明日は魔物と戦うことになる。いるかどうかは分からないが、アレを見た以上、いないと考えるほど俺は迂闊ではない。寝不足で戦うこともしない。今できる万全の準備を整えて臨むのさ。
本音を言えば仲間が欲しいが、この状況でそれは高望みだ。この世界で俺は生産職にあたる存在だ。戦闘は向かない。その俺が資材を独占しているとバレたら、確実に狙われる。だからこそ、レベルを上げてステータスを強化する必要がある。そして、何も分からない世界を一人で探検するという、ある種の異常さを手に入れなければならない。言い方は悪いが、何処かイカれた人間に、普通の人間は近づきたくないものだからな。
俺は明日の予定を組み立てていると、いつの間にか意識を手放していた。
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