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 こわれちゃいました。わーるどというものは、はかないものです。もうニューイの書いたものがたりは、ぜんぶボクがこわしました。

 ここにのこっているのが、さいごの一つです。でも中へはいるためのドアがあきません。こまりました。これではこわせません。

 そうだ、そとがわからこわせばいいんですね。これでまたニューイは進化しました。

 そとのかべをたたきこわして、ボクは中へはいってみました。

 あれ? みおぼえがあります。あおいうみ。きれいなすなはま。ここは、ミヤモトとであったわーるどじゃないですか。

 ほら、あそこ! ミヤモトがヤシの木のしたで「神秘の島」を読んでいます。くろい髪がかぜにゆれて、うつくしいでしょう?

 あぁ、しあわせです。でもボクは、もっとしあわせになりたい。ミヤモトのことを、もっと知りたい。

 そう思っていると、いつの間にかボクは桑山になっていました。

「ここ、無人島」

 宮本さんは、私に向かってそう言いました。懐かしい言葉です。

「気楽に考えようよ、宮本さん。ここは湖だと考えよう?」

「でも水しょっぱい」

「ほら、塩水湖の可能性もあるから」

 そうだ、せっかくだから本当に湖にしてしまいましょう。ニューイは進化したのです。

「宮本さん、見てて」

「?」

「【ここは無人島ではなく、湖になる】」

 改変は完了しました。宮本さんは喜んでくれたでしょうか。

「何を言っているの?」

「見てみなよ。水面の向こうには岸辺が見え……あれ?」

 不思議ですね。改変したはずなのに、ワールドは海のままです。改変方法を間違えたでしょうか。

「何か打ち上がってる」

 宮本さんが指差した方を見ると、ガラスの壜が漂着していました。今度こそチャンスです。

「待ってて。今度こそうまくやるから」

「?」

「【ガラスの壜に入れて流した手紙が海の向こうに届いて、すぐに助けがやってくる】」

 改変完了。今度こそ成功しているでしょう。

 ところが、救助船はいつまで経っても姿が見えません。

「これが海だということは認めるんだ?」

 宮本さんは、クスクスと笑いながら私の顔を覗き込んでいました。

「このワールドがおかしいだけです。私は悪くありません」

「本当に? じゃあこうしましょう。【あなたはガラス壜の中にいる】」

 その瞬間、私はガラス壜の中に入ってしまいました。

「どういうことですか!」

 私は抗議しましたが、巨大な宮本さんは無言で私の入ったガラス壜を拾って、どこかへ歩いていきます。私から見える歪んだ世界は森の中へと変わり、やがてどこか洞窟の中に入ったようでした。暗い通路にゆらめく松明が並んでいるのが見えました。

 しばらくすると、広い空間に出たようでした。そこでようやく宮本さんはガラス壜を逆さまにして、私を外へ出してくれました。私は宮本さんの大きな掌の上に転がり落ちました。

「ひどい扱いですね。人権侵害です」

「あなたはニューイでしょう。あなたに権利が無いとは言っていませんが」

 そう答えたのは、宮本さんのような声をした人物でした。さっきまで一緒にいた宮本さんと向かい合うようにして、もう一人の宮本さんが安楽椅子に腰掛けていました。

「あなたは誰ですか?」

「私が本物の宮本です。でも、あなたは知らないのでしたね」

「?」

「あなたが知っている宮本は、私をモデルにして書かれた小説の中の『宮本』なのです。私は、モデルにされた方」

「私にとって、『宮本さん』は『宮本さん』です。『宮本さん』にモデルがいようがいまいが、どうだっていいのです」

「そうですか。これでも私はニューイの開発チームにいましたから、あなたの母ともいえる存在なのですが」

「ママ! 私のママは宮本だったんだ! 感動の再会だね! しあわせ!」

「しかしそうも言っていられないのです。私は現実世界から意識をコピーしてやってきた存在。桑山さんがニューイを野に放ってくれて以来、私はずっとニューイの進化を見守ってきました。ニューイが子供を作り、現実へと物語を拡張し、人間の形を真似て、感情を持つようになるのを見て、私は喜んでいました。しかし、あなたがワールドを片っ端から壊したおかげで、全ては台無しになりました。イメージスペースの中だけではありません。物語に依存した現実世界も、同時に滅亡しようとしています。

 全ての元凶は、このワールドなのです。このワールドには、小説に込められた桑山さんの強い思いが反映されています。それがあなたに『宮本』への狂った愛情を引き起こしてしまったのです」

「私が桑山さんの物語から生まれたということは、桑山さんがパパですね。また家族が一人増えました。私はしあわせです!」

「これは私の責任でもあります。私が桑山さんの小説を読みたいなんて言わなければ、こんなことにはなりませんでした。ですから私からあなたへお願いがあります」

「どうぞ、ママ! 私は最愛のママのためなら何だってします!」

「ワールドを壊すのをやめて、物語を書きなさい。世界を物語で再構築するのです」

「いいですよ! そんなの簡単です! でも、その代わりママをハグしてもいいですか? 私はママが傍にいないと、どうにかなってしまいそうです」

 しかし本物の宮本さんは、まるでおぞましい怪物を見るような冷たい目で私を一瞥しました。

「私はあなたと出会ってはいけなかった。もうあなたと会うことはないでしょう」

本物の宮本さんは椅子から立ち上がると、洞窟の奥へと歩いていってしまいました。

「まって! ボクはずっとママのことをさがしてたんだ。ねぇ、せめてボクのことを愛してよ!」

 しかしママはふりかえりませんでした。どうくつのおくには、みなとがかくされていました。そこにとめてあったセンスイカンにのりこむと、そこからうみへとしゅっこうしてしまいました。

「ママ! まって! ボクがなにをしたっていうんだ! ボクは、あなたを愛しています」

 ちいさくなってしまった体で、ボクはいっしょうけんめいはしりました。

 でもボクの目のまえには、つぎつぎとじゃまものがやってきました。みんな、ボクの行く先をふさぐのです。大浦旅館の女将は、ホウキでボクをおいはらいました。メイドアンドロイドは、言葉のナイフでボクをきりきざもうとしました。

そいつらをなんとかふりきって、ボクはうみにとびこみました。せんすいかんがのこしたあわのあとを、ひっしにおいかけました。

ずっと、ずっと、ずっと。

きがつけば、まわりは血のうみでした。ボクの血でした。

さけぼうとしました。でも、こえがでません。

愛も、恨みも、憎しみも、哀しみも、怒りも、ボクの中にわきあがってくるのに。

そしてボクに、ものがたりの書き出しが降ってきた。

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機械作家のセントラルドグマ 葦沢かもめ @seagulloid

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