第20話 相対



20

 その場を離れよう背を向けたところで、声をかけられる。

「和彦君。天原つかさは……」

 三峯珪介さんは、僕と、僕の背後を見て口をつぐむ。

 後ろの光景は、僕がなにも言わなくたってすべてを物語っている。珪介さんもすぐに理解したようだった。

「……クソッ。ダメだったか」

「……」

 珪介さんが僕の肩をつかんでくる。

 それはけっこう痛かったけど、それだけだった。

「まだ俺たちの仕事は終わっちゃいねーぞ。ちゃんと帰らなきゃいけねーんだからな」

 珪介さんを見る。

 珪介さんの言う通りだった。

 だけど、どうでもいい。

 帰れなくたって、生きていけなくなったって、もう、死んだっていい。いや、でもそれではつかさの最期の望みが――。

「ったく。世話の焼ける」

 腕をひっ掴んで、僕を無理矢理北校舎の残骸から連れ出す。

 北校舎の外は地獄絵図と化していた。

 轟銀の“炎の剣”によって、崩壊した校舎の瓦礫によって、斎藤美嘉の引き起こした地震によって。

 それらによりたくさんの人々が大怪我を負い、たくさんの人々の命が失われたのだ。

 この光景もまた、僕にとっては二度目のものだ。

「時間は……残り三十分ってとこか。ギリギリだな。ほら和彦君、さっさと行くぜ」

 そう言うものの、珪介さんは僕の返事を聞くつもりはなさそうだった。

 有無を言わせず僕の腕を引っ張り、どんどん進んでいく。

 僕は珪介さんのなすがままに引っ張られていった。

 その途中、まだ高校の敷地から出るよりも前に背後から声をかけられた。

「和彦君? 燐はいったいどうしたんだ?」

「!」

「そうか。そうだったな……」

 聞き覚えのある声音に僕は驚き、珪介さんはしまった、と言いたげな顔をする。

 恐る恐る振り返ったそこには……僕を引っ張る珪介さんとまったく同じ姿の、制服を着崩した金髪の男子生徒が立っていた。

「おい、燐は……待て。まさか、そいつは……」

「……ああ、そうだ。“俺”だよ」

 どこか覚悟を決めた声音で、今の珪介さんも振り返って過去の珪介さんに告げる。

 過去の珪介さんは、今の珪介さんの姿に頭を抱える。

「……なんてこった」

「ああ、まったくだ」

「偽モンじゃねーな? つまり、お前は俺なんだな? 未来からやってきた俺自身だって言うんだな?」

「そうだ」

「で、燐の天使の力で来たわけか。過去を……変えるために」

「察しが良くて助かるよ。説明する手間が省ける」

 三峯珪介同士の会話、なんていう奇妙なものを見ることになっているが、当人の頭の回転が速いこともあって、異常な状況にも関わらず状況把握能力が高い。

「じゃあ、今の俺が何を一番知りたいのかも分かるってことだよな? そして、それにどう答えたのかも」

「そうだな。……その通りだ」

「……」

「……」

 そこで少し会話が途切れる。

「……答えろよ。それとも、答えられないのが答えか?」

「……」

 過去の珪介さんが追及をゆるめる様子はない。

「答えられないってことは……あきらめなきゃなんねぇって言ってんのと同じだぞ。それが分かってて、答えないのか?」

「……。俺には、変えられなかった。だけど、お前が本当に変えられないかは分からない。俺に言えるのは……はっきりしてるのは、それだけだ」

「たとえ変えられなかったとしても、あきらめるべきじゃないってか? ……クソッ、そりゃそーだけどよ。考えてたよりは悪い話じゃねーか」

「俺だってショックだよ。だけどまだ三年ある。あがく時間はあるさ」

「三年ある? たった三年しかない、だろ」

 過去の珪介さんの言葉に、今の珪介さんはうつむいて肩をすくめる。分かりきったこと言うなよ、とでも言いたげな仕草だ。

 僕には珪介さん同士の会話の意味がさっぱり分からなかったが、だからといってことさら興味があるわけでもなかった。ただぼうっとしたまま、漫然と二人の会話を聞き流していただけ。

「……自分自身に言っても無駄か。要するにこれから、過去の自分自身に問い詰められることになるわけだしな」

「ああ。そうだな」

「俺はまだ、あきらめねーぞ」

「もちろんだ。俺もまだ、あきらめるつもりはねーよ」

 二人の三峯珪介は、どちらからともなくうなずきあう。

「燐はあっちだ。北校舎跡にいる。今の和彦君も、あとは……いや、見れば誰かは分かる」

「……分かった。あとで俺も、同じように過去の自分自身にそう伝えることになるってわけか」

「そうだ。けっこう大変だぜ」

「だろうな。じゃ、頑張れよ、俺」

「そっちもな」

 過去の珪介さんは北校舎跡へと走っていく。

 その後ろ姿を見送って、珪介さんはポツリとつぶやいた。

「本当に……あった通りになるなんてな」


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