第12話 リスク


12

「燐! テメェは――」

 燐の言葉にカッとなり、うつむいた彼女の腕をつかんで顔を上げさせる。

「……」

「……和彦君。君の怒りは妥当と言えるものかい? それとも八つ当たりかい?」

 涙を必死にこらえる燐の顔を見て罵倒を続けられなくなった僕に、珪介さんが静かに問いかけてくる。

 珪介さんは断定しなかった。

 あくまで、僕に考える余地を残してくる。だけどそれは、僕に安易な逃げを許さない厳しい問いだ。

 妥当か、八つ当たりか。

 冷静になって考えたりするまでもなく、答えは分かりきっている。どう考えても正解は後者だからだ。

 燐はあえて、最悪の話をした。

 僕が受け入れられない事態だと分かった上で。

 その可能性がゼロではないから。

 先ほど“想定外を想定することは無駄じゃない”と言った珪介さんの言葉の通り、当然想定しておかなければならない事態だから。

 ……いや、燐は未だ、過去は変えられないと思っている。だから、つかさが救えない可能性はゼロではないどころか……ひどく高い。

 もしかしたら……本当に変えられないのかもしれないのだ。

 その想定は、十分に想定内の出来事だ。

「ごめん、燐」

「いいんです。私が――」

 言いかけて、やめる。

 僕も思い出す。

 ――謝罪って簡単にできるものじゃないのよ。だからそういうこと言うの、よくないよ――。

 火葬場でそう谷口先輩に言われたことを、彼女も思い出したのだろう。

「クセって……なかなか抜けないものですね」

「ああ。そうだな」

 僕ら二人で苦笑する。

「よし。それじゃ他に確認しておくことはねーか?」

「はい」

「そうですね」

「じゃーやろうぜ。なに、過去を変えるのなんざ、簡単なもんだよ」

 珪介さんの気楽な言葉に、それでも三人でうなずき合う。僕と珪介さんは燐の前から退き、燐がワームホールを顕現するための場所を空ける。

 燐は広いフリースペースの中央に向けて手を伸ばし、まぶたを閉じて意識を集中させる。

 以前と同じような、肌を静電気がはい回るむず痒い感覚。

「いきます」

 そうして燐はまぶたを開き――蒼ではなく、紅く光輝く瞳をあらわにした。


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