第3話 仮設住宅
03
結局、家に帰ってきた頃には暗くなり始めていた。
火葬が終わったのは昼過ぎだったのだけれど、それから片付けの手伝いをして、母さんとまきさんと燐と僕の四人で近くのファミリーレストランで遅い昼ご飯を食べた。
話の話題は、葉巻家と天原家で旅行に行った時のことだったり、つかさと僕が小さかった頃の話だったりして、けっこう長いこと話をしていたと思う。
燐は当初遠慮しようとしていたのだが、まきさんの「つかさはね、数日だったけれどよく貴女の話をしていたわ」という言葉を前に断りきれなかった。
やがて母さんがぽつりと漏らした、仕事に戻らないと、という言葉が合図となり、その場は渋々解散となった。
都合二、三時間はファミリーレストランに居たと思う。
扉の鍵を空け、立て付けのよくない引戸をガタガタ鳴らしながら開く。
プレハブのちゃちな仮設住宅だ。
……とはいえ、地震から一ヶ月半で用意されたことには感謝こそすれ、文句を言うべきではないのだろう。
天原家と隣同士だったあの家は、地震で全壊した。天原家も同様だ。
数に限りのある仮設住宅は抽選だった。僕らもまきさんも仮設住宅に住むことはできたけれど、場所までは選べなかった。結果としてまきさんの仮設住宅とはそこそこ離れたところになり……独りになってしまったまきさんは、力なく「仙台の実家に帰るのもありかもしれないわね」なんて言っていた。
僕は、その言葉に対する返答を持ち合わせていなかった。
近所の仮設住宅に住んでいる人たちは、知らない人ばかりだった。
独り暮らしのおじいさんに、子どもを亡くした夫婦に、親を亡くした大学生。
境遇はそれぞれ違うけれど、誰もがなにかしらの傷を抱えている。
「……寒いな」
「そうですね」
傘を傘立てに置き、狭い玄関で履き慣れない革靴を脱ぎ、二部屋しかない家に入る。
なぜかはわからないが、燐はいまだに僕の家にホームステイを続けている。こんな状況だし、五条さんや珪介さんのところに戻ったりしないのか……と思わなくもないが、どちらかというと母さんがいて欲しかったみたいだ。最近は疲れた顔で「りんちゃんがいてくれてよかったわ」なんて言うことがよくある。
ラジオを付けると、あれからあいも変わらず同じニュースを延々と流していた。
『――神稜地区局部地震における死者は現在確認されている段階で三百十七名。行方不明者は二名となっており、神稜大学の大学生、斎藤美嘉さんと神稜大学附属神稜高校一年、福住朔也さんで――』
いつもと代わり映えのしない内容にうんざりして、僕は早々にラジオを消す。
必要な情報なのかもしれない。けれど、なにもここまで気の滅入る話題を延々と続ける必要はないだろうに。
少しくらいは明るい話題があったほうが、“被災者”としては聞いていて気が楽になる。
ため息をついて、着なれない窮屈なスーツ――しかも結構濡れている――を脱ぎ、私服に着替えようとして……玄関付近で少し気恥ずかしそうに立っている燐に気づく。
「あ……ごめん」
「い、いえ。その……」
あまり考えもせずに服を脱いでいた。下着姿の僕は、慌てて私服を着る。
部屋も少ないので、お互いが着替えるだけでも気を遣わなければならない。この仮設住宅にやって来てまだ二週間程度。まだそういうところに気を遣う習慣ができていなかった。仕方ないとはいえ、やはり不便だなと思う。
「じゃあ……僕は外にいるから」
「その、そこまで気を使わなくても。私は――」
そんなことを言う燐に、着替え終えた僕は肩をすくめて見せて、さっさと家から出る。
玄関の引戸に背中を預け、軒下でぼうっと仮設住宅が並ぶ更地を眺める。
なかなか降り止まない秋雨に、ただ平らにならされただけの地面はぬかるんでいる。
同じ見た目のプレハブがずらっと並ぶ中、新しくなったばかりの自宅を探して右往左往する人たちが、足早に通りすぎていく。
「……」
背後では衣ずれの音。
それにどぎまぎするというより……ため息がついて出る。
家の外にいるっていうのに、そんな些細な音さえ聞こえるってことは、ほんの少しの防音性もないらしい。こんなんじゃ、家の中でも大事な話なんかできやしない。
それでも、ここが今の僕の家だ。
……そういえば、あのやりかけのゲームもそのままだな。ゲーム機もセーブデータも全部なくなってしまったから、再開するのも大変だけれど。
そうやってとりとめもないことを考えていると、やがて玄関の引戸がノックされる。
引戸から身を離すと、扉が開く。
顔を出すのはベージュのスラックスと紺色のワイシャツに着替えた燐だ。
「和彦さん、お待たせしました」
「ああ、うん」
家に入ろうとして、思いとどまる。
「でも、家じゃ話せないだろ?」
「そう……ですね」
なにを、とは言わなかったが、燐にわからないはずもない。彼女は唇を引き結んで首肯する。
「どこか、誰にも話を聞かれないところを探そう」
「お願いします」
燐は室内に上着を取りに戻り、僕は改めて傘立てから傘をとる。
傘を差すと、燐がコートを羽織り、ダウンジャケットを手にして出てくる。
「和彦さん、こちらを。もう十一月になりましたし、夜は冷えますから」
「ん。ありがとう」
受けとると同時に手を差し出して来るので、一旦傘を燐に預けてダウンジャケットを羽織る。
それから傘を受けとるが、燐は自分の傘を差そうとしない。
「ご一緒しても……いいですか?」
「まあ……いいけど」
「ありがとうございます。それじゃあ、失礼しますね」
燐は傘を持つ僕の右腕を取って――というか、抱きついて――ちょっと気恥ずかしそうに笑って見せる。
「……」
その様子に恥ずかしがったり、右腕に感じる彼女の感触に慌てたりすることもできなかった。ただ、以前こうやって密着された時にはまだ、つかさが生きていたな、と思うだけで。
「……っ」
そんな僕の冷めた態度に、燐が一瞬笑顔を固まらせ、口端をひきつらせる。
僕はそれに、気づかない振りをしてしまった。
「それじゃ――行こうか」
「……はい」
「どこか、いい場所は思いつく?」
「そうですね……」
少し考えてから、燐は僕の腕を引く。
「学校に行きませんか? 夜なら、誰もいないはずですし」
「……」
「和彦さん?」
「わかった。……学校跡ね」
僕らは軒から出て、ぬかるんだ地面に足をつける。
僕らは一つの傘に身を寄せあって歩く。
けれどそこには、外から見ただけでは分からない距離が確かにあった。
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