第5話 噂
祖父母の死後、母さんは家にいるようになった。僕も夜の町を徘徊することはなくなった。
居間のソファーに寝転がって雑誌を捲る。
なぜこの島に奇月が掛かったのか、その理由については色々な噂があったが、昔から有名なのはこういう説だった。
島の南に聳えるライトマウンテンは鉱物の宝庫で、昔からこの島はその資源で潤ってきた。
数十年前、大陸の科学者が、毒霧を吐く謎の物質を生み出してしまった。大陸の人達は、それをどう処理するか迷った。彼らはプセマローゼの島に毒霧を吐くこの物質を掲げ、島の人間を追い出し、ライトマウンテンを奪おうと考えた。そしてこの島に、奇月が掛かった。
これが、一番有名な説だった。
テレビでも新聞でもラジオでも雑誌でも、散々流布されたものだった。
雑誌を捲っていくと、一際目を引く見出しがあった。
『やっぱりいた!? プセマローゼ島にひそむ謎のスパイの正体は?』
そんな記事だった。
スパイの存在についても噂は山ほどあった。本当にいるのかどうかは分からない。学校の先生やカフェの店員、普通の主婦、若い学生、警備兵――色んな説があった。
今回は電気省の役人がスパイの正体なのだと書かれていた。面白おかしい記事だった。
家にいるようになってから、ルシオンとは会わなくなった。家庭環境は落ち着いたが、心のどこかに寂しさが残った。
切れ長の翠眼、薄い唇、冷めた声色、腰の銃が軋む音、モスグリーンの隊服の皺まで、ルシオンの色々なことを思い出した。
駄々をこねれば地上への螺旋階段を上らせてくれるかもしれないと期待したこともあったけれど、そんな規則違反を犯すほどルシオンは愚かな大人ではなかった。決して情には流されず、任務を遂行していた。
ルシオンは意味のない甘言を口にすることはなかったが、たった一つだけ、僕を励ますように言ってくれたことがあった。
「今から勉強をして成績優秀な人間になり、大陸の大学への留学権を得られれば地上へ行ける。大陸には奇月も掛かってない。晴れてさえいれば毎晩のように月が拝める」
地下街の高い天井を、冷たい翠眼でじっと眺めながら言った。
それが、ルシオンからもらった唯一の助言だった。
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