7
いよいよ、合唱コンクールは翌日に迫っていた。
本日の放課後には、各クラスが三十分時間を割り振られ体育館を使用出来る。
それ以外にも、音楽室や空いている教室を使用し、各クラスそれぞれが最後の仕上げを行う日でもある、重要な一日だ。
そんな重要な一日の昼休み。
「皆、ちょっと聞いて」
と、未来が教壇に立った。
「私はやっぱり! このクラスの皆と、最後まで合唱コンクールに挑みたい!」
そう、訴えたのだ。
しかし、クラスメイトからの反応は薄かった。
誰も彼もが目を伏せ、気まずそうにしている……一部を除いて。
「だーかーらぁー。あんたも分かんない奴ねぇー。それに励む時間が勿体ないって言ってんのよぉー、分からないかなぁー?」
山崎が声を上げた。
その取り巻きと都築がくすくすと笑いながら、真面目な未来を馬鹿にしているのをバックに、強気に声を発したのだ。
「大体ー、私昨日音楽室に行ったんだけどぉー、あんた来てなかったじゃーん。あんたも練習サボってたじゃーん。なのに今更何な訳ー? 都合良過ぎじゃなぁーい? 昨日無駄足踏んじゃった私の時間、返してくれない?」
「……都合が良いのは分かってるし、一度コレを諦めた事も事実。それを分かって、ちゃんと理解した上で私は今、こうやって皆を説得しているのよ。もう、練習に参加したくない人に無理して参加してなんて言わない。私は、この合唱コンクールに本気で向き合いたいと思っている人と、優勝を目指して頑張ったという思い出を最後に作りたいだけ」
「わっかんないかなぁー? 皆それをしたくないって言ってんのよ。あんた馬鹿なの?」
「少なくとも、山崎さん……あなたは……いえ、あなた達は、練習に参加したくない側だとは理解しているわ。だからあなた達には聞いてない。私は――――他の皆に聞いているの。邪魔しないでくれる?」
この未来の言葉に、クラス中がざわめいた。
あの女王――山崎一華に対して、明確な攻撃性を秘めた一言を放った事実に、他のクラスメイト達は驚いたのだ。
未来の事を心配する目で見つめる者さえいた。
「邪魔ですって!? あんた! 私が誰だか分かってるの!? 何様よ!」
「それはこっちのセリフ……ここ数日、随分と思う存分やってくれたわね。だけど残念、あんなので私が折れると思ったら大間違いよ。大方、他の皆に圧力かけて無理やり練習に参加させなくしたんでしょ? やり方が雑過ぎてバレバレよ。そんな見え見えの嫌がらせには、私は負けない――あなた達がいない方が話がし易い。さっさと昼休みを謳歌してなさい」
「ふざけんな!! どこにそんな証拠があんのよ!! 言い掛かり付けんのも大概にしなさい!! 皆! あんたの熱血が嫌で、押し付けがウザくて、ウンザリしてて飽き飽きしてたから、練習に行くのをやめたのよ!! 現実逃避してんじゃないわよ!!」
「そうなの? だったら皆に、聞いてみましょうか?」
「ええ、そうしなさい! そして、現実を知りなさい!!」
「じゃあ聞くよ? 皆……」
そして、未来は問い掛けた。
「合唱コンクールで、良い思い出を作りたいって人……もしくは、楽しく合唱コンクールという行事を謳歌したいって人は、挙手してください」
「「…………」」
しかし、誰の手も上がらない。
山崎達の圧力に誰一人、逆らう勇気のある者がいないのだ。
仲間外れにされるかもしれない恐怖とは、それ程のものなのだ。
「ほら見なさい! これが証拠よ!! 皆あんたがウザイの! 耳障りだし! 目障りなの!! さっさと消えろ!! 二度と学校来んな!! 今すぐこの教室から出て行――――」
「大丈夫よ、皆……ここで勇気を出して手を挙げても……絶対に私が、あなた達を一人になんてしないから。だから安心して、素直な気持ちを吐き出して」
その言葉は、未来が言うからこそ、価値のある言葉だった。
他の誰が言っても、右から左へ聞き流される程度の、薄っぺらい言葉なのだが。
誰よりも合唱コンクールに真剣に取り組み。
誰よりも他のクラスメイトとの信頼関係を築いていた彼女だからこそ――――
その薄っぺらい言葉に、信頼感が宿る。
きっと未来なら、その言葉に嘘はないという――信頼が。
そしてその言葉が、女王の圧力という重たい鎖を、薙ぎ払った。
クラスの半分以上の手が、ちらほらと、恐る恐るだが、挙がり始めたのだ。
孤独にならない事が証明されたならば、女王の圧力など屁でもない事の証明だった。
「あ……あんた達! 裏切るつもり!? どうなるか分かってんの!?」
「どうもならないわよ。どうにもさせない。私が……絶対に」
「前田ぁ!!」
「これが、今手が上がった人達の正直な気持ちよ。あなたが無理やり押さえ付けてた、この人達の気持ち。あなたに――感情を押し殺させられてた、被害者達の勇気だよ!! 例えあなたがどれだけ偉いのだとしても!! この人達の気持ちや想いを無理やり踏みにじり!! 押さえ込んだ罪は重いわよ!! 私達は今日一日だけでも、合唱コンクールに向けて僅かな青春を思い出に残したいの!! そんな私達の――――邪魔をするなっ!!」
未来のその言葉と共に、クラスメイト中の鋭い視線が、山崎と都築とその取り巻き達へと向けられる。
最初、怠けたい側に属していた一部の男子達ですら、未来に着いてしまっていたのだ。
圧力……という恐怖は、与えられた側同士で強い結束を生むこともある。
結局、山崎達は自分で自分の首を絞める形になってしまったのだった。
「………………っ!! お、覚えてなさいよ!!」
「一華っ!!」
「おいっ! どこ行くんだよっ!!」
居心地が悪くなったのだろう。
山崎と都築、そしてその取り巻き達は、クラスから逃げるように去って行った。
その瞬間――――未来の勝利が確定したも同然だった。
ホッと胸を撫で下ろした未来。
そんな彼女に、クラスメイトの面々が近寄って行く。
「ごめんなさい……私、勇気がなくて……」
「本当は私も、合唱コンクールの練習に行きたかったんだけど……」
「よく言ってくれた、ありがとう!」
「何か言葉に凄い力があった! 前田すげぇな!!」
そんな言葉達を、満面な笑みで受け止めながら、未来は言う。
「こちらこそ、皆が勇気を出して手を挙げてくれて助かったよ! 皆で――――最高の思い出を作ろうね!!」
最後の最後で……うちのクラスはようやく、まとまりの片鱗を見せてきたようだった。
良かったな……未来。
しかし、不安は完全に払拭出来た訳では無い。
こうなってくると、山崎達はなりふり構わず、明日の本番を邪魔しにくる事だろう……。
後向きな心持ちで、未来の目的を潰しに来る筈だ。
そうは問屋が卸さない。
目には目を、歯には歯を――
後向きな奴らには後向きな奴を。
そんな訳で――後は、後向きな俺の出番だ。
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