練習場所の音楽室に来なかったので、色々と未来が居そうな場所を思い浮かべてみた。


 一番無難なのは家かな? でも俺、あいつん家知らねぇし……。

 近くの公園とかは? そこでベンチに座って放心状態だったり……。

 山の頂上から、絶景を眺めて心を癒してる可能性もあるな……。

 河原で、そよそよと流れる水を見て感傷に浸ってる場合も……。


 色々と思い浮かぶが……。


 「もしや……」と、思う場所が一箇所あった。

 そんな訳が無い――と思いつつ俺はその場所へ、半ば諦めつつ足を運んだ。


 この場所を選んだのには、ちゃんとした理屈がある。


 まず一つ、未来は合唱コンクールに本気で取り組んでいた事。

 二つ、それはクラスの女王に歯向かう程に。

 三つ、イジメが始まり、誰も来ないと分かっていながらも、練習場所に足を運んでいた事。


 そしてその場所には流石にいないだろう、と思う理由にも、理屈がある。


 それはただ一つ――あれだけの仕打ちを受けておいて、もう流石に諦めただろう……という、思考である。

 誰しも、嫌な思いはこれ以上したくない――そう思うのが当然の事だからだ。

 現に未来は今日、音楽室へは来なかった。

 それが、彼女がその選択をした事の何よりの証明である。


 しかし。


 今日、未来が音楽室に来なかった理由をした場合。

 とある可能性が一つ生まれる。


 その可能性とは――――




 敵となる、他所のクラスの偵察だ。


 味方が練習出来なくても、ライバルの力を知る事はプラスになる。

 この考えは、合唱コンクールで優勝したいという未来の基本理念から外れていない。


 だから俺は今、『そんな筈はないだろうな……』と半信半疑で、ダメ元で体育館へ向かっている。

 何故なら今、体育館では、俺達のライバルである三年三組が練習をしているだろうから。

 敵情視察の可能性があるなら、間違いなくここだろう。


 体育館へ近付くと、歌声が聞こえてきた。

 洗練された歌声だ。

 バラバラな俺達のクラスとは似ても似つかない歌声が。

 未来が目指していたのはきっと……コレなのだろう。


 そういえば……三組には、二年まで未来と同じクラスだった奴らが相当数いたんだったか……。と、思いつつ、体育館の扉を開けた。


 開けた瞬間――――



 驚愕した。

 目を丸くする、とは正にこういう事だろう。


 俺が体育館へ入った瞬間、歌声が止まってしまい、練習を中断させて申し訳なかったと後で思った。

 しかし、体育館突入時の俺はそんな所に気が回らない程、目の前の光景に唖然としてしまっていたのだ。


 結果として――この場所に、未来はいた。


 いたのだが……。

 敵情視察どころの騒ぎではなかった。

 何に驚いたかって――――



 



 何食わぬ顔で。


 …………すげぇな……。

 未来……お前は本当に、凄い奴だな……。


 それも、お前本当は三組だったのか? と尋ねたくなる程、自然に溶け込んでいたのだ。

 いや、元クラスメイトが沢山いるのだから、溶け込めなくもないのは理解出来るけど……。

 それはそうとして、何があったらこういう状況になるんだ?


 練習を止めてしまった――先程そう述べたが、その要因は、体育館に現れた俺を見て、合唱中であったのにも関わらず、未来が「往二!?」と叫んでしまったからだ。

 本当に、大事な体育館の練習日を邪魔して申し訳ない気分になった。


「あ、ごめんなさい……。ちょっと私、彼と話があるんで、練習続けててください」


 三組の面々にそう伝え、舞台を下り、とてとてと近付いてくる未来。


「何で往二がここに来てんの!?」

「いや、それはこっちのセリフなんだが……音楽室へ来ずに、何で他所のクラスの練習に参加してんだよ……びっくりだよ」

「だって……もう誰も練習に来ないからさぁ……行っても意味ないかなぁーって……せめて、敵情視察でもと思って体育館内を覗き見してたら、『何そんな所でコソコソしてんのよ、入って練習していきなさいよ』って、麻里まりちゃん達が誘ってくれたから……」


 麻里ちゃんとは、昨年まで未来と同じクラスだった未来の友達の事である。

 この三年三組には、彼女とそういった関係の生徒が沢山いるのだ。

 なるほど……どうやら、女王――山崎一華の圧力は、他所のクラスまでは浸透していない様だった。


「けど、本当に参加すんなよ……他所のクラスに迷惑かけるじゃねぇか……」

「いやっ、私もそう言ったんだよ? そしたらさ……皆、私が今置かれている状況を理解してくれてたみたいでさ……『迷惑なんて、未来にならかけられ慣れてるから気にしない。さっさと入りなさい』って、誘ってくれて……」

「迷惑……かけられ慣れてるのか……このクラスの人達……」

「どうやらそうみたい……それはそれで悲しい事実の発覚だったよ……私、そんなに迷惑かけてたんだ……ショック……」


 未来は、それにはそれで少し落ち込んでいた。どんまい。

 しかし、誘って貰った事や、その優しさについては、心の底から感謝をしているようだった。


三組このクラス……凄く良いクラスだよ。合唱コンクールっていう目標に向かって、一丸となって取り組んでる。やっぱり……こうあるべきなんだって、再確認できたよ」

「……そっか……」


 だが……未来が置かれている今の状況は……。


「でもね……? 私、分かってるんだ……もう、私達のクラスは、どうやっても、三組みたいにはなれないって事……。私が全部……めちゃくちゃにしちゃったって事……分かってるんだ……」

「……は? お前が?」

「うん……だから……クラス全員で仲良く良い思い出作りをしながら優勝――なんて目標はもう……捨てる事にしたよ……」

「いやいや! お前は何も――――」

「だから!! もう優勝だけを狙っちゃおうかなぁーって思ったのよ!」


 ババーン!! という効果音が似合いそうなテンションで、未来がそんな事を言い放った。

 優勝だけを、狙う?


「どうやって?」

「いやほら、私って歌上手いじゃない?」

「まぁ……下手ではないよな」

「だから、私一人の歌声で優勝するの!! クラスの皆が歌わなくても、私一人の歌声が観客の心を揺らせば、きっと優勝出来るはずだもの!」


 俺はずっこけた。

 あまりにもバカバカしい作戦っぷりで驚いた。

 いや……これは作戦とも呼べないな、ただのバカが奏でた妄想だ……。

 合唱コンクールで、独唱で優勝を狙うだなんて……前向きにも程があるだろ……。


「あのなぁ……もっと現実を……」

「分かってる……無謀だし、絶対無理な事は分かってる。だけどさ――――



 無謀や無理っていう現実に、体当たりで挑戦してみるのも――面白いと思わない?」


 未来は続ける。


「挑戦してみたらさ! 案外、道がぱぁーっ!! って、広がるかも! 万が一そんな事になったらさ! 凄いよ! うん! 絶対絶対凄いことになる筈だよ!! きっと凄い!!」


 後半の語彙力が乏しい……凄いしか言ってねぇ……。

 けど――


「ぷっ……ははっ、くふふふっ……! あはははっ!!」


 やべぇ……未来この子、やっぱめちゃくちゃ面白いわ。


「な、何よ! 何笑ってんのさぁー! 私は本気で」

「ひーひー……いやいや、合唱コンクールを一人で優勝とか……面白過ぎだろ……ぷくくっ……やべぇよ……お前……マジで面白い! あはははっ!」

「どんだけ笑ってるのさっ! もうっ!」


 そりゃ笑いも止まんねぇよ。

 だって……こいつはまだ、

 俺はかつて――が、未来はまだ、折れてねぇ。

 まだどころか、こうなっちまったら、心が折れる未来の姿そのものが想像出来ねぇよ。

 心強過ぎだろ……こいつ……。


 本当に――すげえ奴だ。


 俺如きが心配なんて……烏滸がましいことだったのかもしれない。


「いやぁー……笑った笑った。未来、お前笑いのセンスあるわ」

「べ、別に笑わせるつもりで言った訳じゃないから、その褒められ方は何一つ嬉しくない……」

「そんで心強過ぎ、鋼のメンタルかよ」

「あ、それは嬉しい褒め言葉。そっか、私の心強いんだ! えっへん!」

「だからさ」

「ん?」

「合唱コンクールを一人で優勝だなんてら馬鹿げた目標に挑戦する気概があるなら――――そのの方こそ―――んじゃねぇか?」

「え? でもそれは……」

「無謀とか無理に挑戦することが面白いんだろ? だったら――あの、のも、悪くないんじゃねぇか?」

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