しかし、俺や未来の思いとは裏腹に。

 事態は最悪の方へと向かってしまう。


 きっかけはとあるの一言だった。


「てゆーか、ウザいから」


 ただの女子ではない。

 このクラスの……いや、この学年のスクールカーストの頂点に君臨する女子――山崎やまざき 一華いちかの一言だ。

 彼女の一声は、この学年において大きな力を持つ。


 そんな大きな力が、未来に向けて発せられた。


「ウザいって……いきなりどうしたの? 山崎さん」

「ウザい、つってんのよ。意味、分からない? 理解出来ないの?」

「分かるけど……」

「つーかぁ、前々から思ってたんだけどぉ、あんた暑苦しいのよ。合唱コンクール優勝優勝って……熱血キモい。もう我慢のげんかーい」

「…………」


 黙る未来。

 幾ら前向きな彼女でも、山崎に反論する事がどれ程の意味を持つのか、理解している。

 山崎一華は、それ程の存在なのだ。


「あんたさぁ? もしかして、学級委員長だからって、女王にでもなったつもりぃ? だとしたら、哀れすぎて見てられないんだけどぉー」

「ち、違っ……私は、ただ――」


 山崎の声の直後、その取り巻きの女子達がクスクスと笑い始めた。

 こうなってしまったらもう……取り返しがつかない。


「あんたさぁ……ウザいしキモいのよ」

「っ!!」


 絶望の一言。

 未来の心が折れても不思議ではない一撃だった。


 しかし――


「…………どう、思われても……構わない……」

「はぁ?」

「練習は……続けます!! もうすぐ、先生が来るので」


 未来の心は……折れなかった。

 眉間に皺を寄せる山崎。呆れつつ続ける。


「そうやって、先生の点数稼ごうってのが寒いのよ。勝手にやってればぁー。行きましょ、皆。帰ろ帰ろ」


 山崎と、その取り巻きが、舞台を下りる。


正樹まさきー。あんたも帰るでしょー?」

「おうっ、当然だ」


 正樹というのは、都築つづき 正樹まさき――以前、反旗を翻した男子メンバーの中心人物だ。

 彼も揚々と舞台から下りる。

 「じゃーねぇ」と、山崎達と都築、そして都築の取り巻き達が未来の横を通り過ぎようとした、その時――



「帰っちゃ駄目! 練習します!!」


 未来が、大きく両手を広げ、面々の前に立ちはだかったのだ。

 その姿に腹を立てた山崎が吐き捨てる。


「あんた何様のつもり? キショいってば」

「私がキショくてもキショくなくても関係ない! 練習します! 位置に戻ってください!!」


 心の籠った未来の叫び。

 しかし、それは当然の如く、山崎や都築達の心へは響かない。


「ははっ、必死過ぎだろ」

「超ウケるんですけどぉー。くすくすっ……」


 彼女、彼らにとってみれば、その必死さが一番愉快で面白いのだ。

 見ていて腹立たしいが……こういう人種も、世の中にはいる。


 真面目に頑張ってる人間を――嘲笑する奴らが。


 この学校において、山崎や都築らがその代表格であった。


 こうやって笑われてしまうと、正論は価値を失う。

 未来の言っている事は概ね正しい。

 合唱コンクールという行事を、学校側がやれと提示しているこの状況下において、『合唱コンクールの練習を真面目にやろう』という未来の主張は、根本的に正しい。

 正し過ぎる程、だ。


 しかし、人の心理とはそう表面上通りにはいかない。

 何故なら感情というものがあるからだ。


 サボりたいものをサボれる状況があるのならサボりたい――楽出来ることは楽したい――これもまた、人間としてのある欲求の一つである。


 この二つが対立した場合、こと学生という未熟で狭いカテゴリー内において、主導権を握るのが――多数決だ。


 現状で、未来は一人、そして山崎や都築達は多勢……この意見の食い違いの勝敗は既に着いている。


 サボりたい……怠けたい……受験に集中したい側の勝利である。


 だがしかし――


「必死だよ! 私は皆と合唱コンクールで優勝したいもん!!」


 未来は折れない。

 何故なら彼女は、そういう人間だからだ。

 変わる事なく両手を広げ、敵対勢力の前に立ちはだかっている。

 けれど……けれどな? 未来……。



 それは、最低最悪の悪手だよ。



「はぁ? ……あんたが、?」


 山崎の口から、怒気のこもった声が放たれる。

 激怒の声が……。


「ご……如きって……」


 流石の未来は、これに怖気付いてしまう。


「調子に乗るんじゃないわよ! この――――」


 「ちょっと! あなた達何してるの!?」と、ここで先生が乱入。

 すると山崎は舌打ちをし、言おうとしていた言葉を引っ込める。

 その代わり、「最悪……」という言葉を残し、サボりたい組の面々は、舞台の上へと戻って行った。

 先生相手では、分が悪いと睨んだのだろう。


「前田さん……何かあったの?」


 という先生に対して、未来は「べ、別に……何も」と返答した。


 あーあ……。

 こりゃ、最悪のケースだな……。


 まず間違いなく、遺恨が残ってしまう。

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