例の揉め事があった、その翌日。

 今の所、合唱コンクールの練習は進んでいるように見える。

 傍から見ると、そう思う。


 課題曲と自由曲、どちらも順調に仕上がってきた。


 しかし、内情はそうもいっていない。


「ふんっ!」

「けっ!」


 真面目派と怠けたい派――両陣営の亀裂は、少しずつ増していた。



 この日の練習後、以前のように舞台上のモップ掛けをしていた未来を驚かし、その後一緒にモップ掛けを行った。

 その最中、俺は切り出した。


「クラス内の雰囲気、悪くなってんぞ?」

「……うん、知ってる」


 どうやら、その事に気付いてはいるようだ。

 そりゃそうか……このギスギスさ加減には嫌でも気付く事だろう。

 この状況は、未来の本意ではない筈だ。

 何故なら彼女の目標は――皆で合唱コンクールを、優勝する事なのだから。


「少しは、受験受験言ってる奴らに歩み寄ったらどうだ? このままだと、また明日にでも爆発するぞ?」

「あら? ひょっとして、往二もなのかしら?」

「馬鹿言え……俺は中立だ。流れに沿って生きる男、それが俺だからな」

「楽な生き方してるなぁ……」

「まぁな」


 影響を与える側よりも、影響を受ける側の方が楽だからな。

 それは、今の未来と今の俺を見比べたら一目瞭然だ。


 俺をプリンス弄り出来ない程度には、悩んでいるようだし……。


「私は、折れないよ」

「強情だなぁ……」

「だって、ここでそっち側に寄り添っちゃったら、きっと練習出来なくなる。そしたら、優勝も出来なくなっちゃう……皆との、良い思い出を作るチャンスを、棒に振る事にもなる。そんなの、私は嫌だもん」

「受験受験言ってる奴らは、その良い思い出を作ろうとして受験に失敗するのを恐れてる訳なんだが?」


 ……まぁ、それは多分、合唱コンクールが面倒臭いからサボりたいの口実なんだろうけど。


「それは分かってる……けど、両者が納得出来る結末は、なのかなぁ、とも思うし」

「両者が納得?」

「うん。例えば、このまま合唱コンクールに力を入れないようにするじゃない? そうなったら、? それは取り返しがつかないじゃない、だってこの仲間との合唱コンクールは、

「それは受験も同じじゃねぇか?」

「ううん……受験に関しての意見は、私も同じく派なの。たった一時間の合唱コンクールの練習で落ちるようなら、例え練習しなくたって受からないわよ……」

「毒舌だな……」

「だってそうでしょ?」


 まぁ……俺も、そうだとは思うけど……。


「合唱コンクールの思い出の消滅は、未来での。だけど、勉強は大人になっても出来るから……と、私は思う。だから私は、折れたくないの」


 その言い分は無責任なんだよ……未来。

 人それぞれ、大事にしたい今は違うんだ。

 今回の受験で高望みした結果が欲しい奴だっているんだよ。


 けど――俺もどちらかと言うと、中学を振り返った時に、ああしてればなぁ……とか、後悔はしたくないな……。

 あの時は楽しかったな! と、笑いたいのが本心だ。

 ぶっちゃけ俺、勉強なんてどうでもいいし。


 だから未来の気持ちも分かる。

 未来の気持ちのが分かる。


 まぁ……今の俺が何を言おうと、彼女は聞く耳を持たないだろう……。

 未来に任せよう。

 今後どうなるかは、良くも悪くも彼女にかかっているのだから。

 少なくとも、現在後向きの俺が、どうこう言う問題ではない。


「そっか、なら頑張れよ」

「もうっ、他人事なんだから! これはあなたのクラスの問題でもあるんだからね!」

「あーあーあー、何も聞こえませーん」

「もぉっ!」


 無理なんだよ未来……。

 俺には、無理んだ……。


 だから見せてくれ。


 前向きな人間だって、前向きなまま、こんな困難を乗り越えられるんだぞって所を、俺に見せてくれ。

 証明してくれ。

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