第26話 その頃、ゲルドンは⑦

 ゼントと再会を果たした、大勇者ゲルドン──。


 その翌日。


 ゲルドンは、自分が創設した、武闘家ぶとうか養成所「G&Sトライアード」本社の社長室にいた。ちなみにゲルドンが社長だ。


 客用ソファに座り、新聞を広げている。


「おいっ、冗談じゃねえぞ。新聞社のやつら、あおってるじゃねーか!」


 その新聞の大見出しには、『国民的女性武闘家ぶとうかである、ミランダ・レーンの直弟子じきでし、ゼント・ラージェントが、大勇者ゲルドンと闘う!』と書かれている。


「気に食わねえっ」


 ゲルドンはその新聞を、丸めて、地面に叩きつけた。


「フフッ、ゲルドン様。心配にはおよびません」


 ゲルドンの手前に座っている、銀髪の青年は不敵に笑った。


 彼こそ、ゲルドンの執事しつじ、セバスチャン。


 彼は16歳の時、ゲルドンのパーティーメンバーに加入した。


 ゼントも「エルサの過去を見る魔法」により、16歳のセバスチャンと出会っている。


 ちなみにその時、ゲルドンはエルサに不倫をもちかけていた。


「おい、心配なんかしてねーんだよ」


 ゲルドンは不満そうにセバスチャンに言った。


「俺様が、ゼントの野郎に負けるわけがない」


 ゲルドンは舌打ちしながら言った。


「しかし、気になるのは、ゼントがあのミランダ・レーンの直弟子じきでしであるということだ。ゼントには何かがある気がして、気味が悪いぜ」

「分かります」


 セバスチャンは、まるでカウンセラーか何かのようにうなずいた。


「では、ゼントを確実に仕留めましょう」


 セバスチャンは手を叩いた。


 すると、セバスチャンの後ろの空間から、ニュッと白仮面の大魔導士があらわれた。

 アレキダロス──白い仮面を顔につけた大魔導士だ。

 セバスチャンの助言者アドバイザーである……らしい。


「アレキダロス、『儀式』の準備を」


 セバスチャンはアレキダロスに言った。


「お、おい。セバスチャン、アレキダロスよ。ぎ、『儀式』って何だ?」


 ゲルドンが聞くと、セバスチャンはニヤリと笑った。


「さあ、ゲルドン様、地下へ」

「地下? 地下は倉庫があるんじゃなかったか? 何しに行くんだ?」


 ゲルドンは本社ビルの設計に関わっていない。ただ首を傾げるばかりだった。ビルの設計は、すべてセバスチャンにまかせっきりだった。



 ゲルドンが案内された場所は、本社ビルの地下、薄暗い不気味な部屋だった。


 魔物の像がたくさん並べられている。


「ゲルドン様、その魔法陣の中央にお立ち下さい」


 アレキダロスは大人とも子どもともつかない、不思議な甲高い声で言った。彼は、「変声魔法へんせいまほう」で声を変えてあるのだ。


「な、何なんだここは……? おい! 聞いてないぞ! お前ら、いつの間にこんな部屋を作った!」


 ゲルドンは声を上げた。この部屋の存在を初めて知ったようだ。


「さあ、どうぞ、中央へ」とアレキダロスは言った。


 ゲルドンは言われるままに、地面に描かれている、奇妙な円形の図形の中央に立った。

 これが、「魔法陣」というものか。

 ゲルドンは眉をひそめた。


 おや……頭上にはバカでかい透明のガラス球体がある。真っ赤だ……。


 中に入っているのは、赤い液体……? 赤ペンキ?


 いや、あのドス黒い赤は、血液?


 アレキダロスは叫んだ。


「このサーガ族の生き血薬を、ゲルドン・ウォーレンに注入せよ!」


 ゲルドンの頭上から、不気味な赤い霧が降り注いだ。


 ガラス球体から、赤い液体が魔法のように突き抜けて、霧状になって降り注いできているのだ。


「う、うおおおっ」


 ゲルドンは声を上げた。


 ゲルドンの全身に、赤い液体が──生き血薬が降り注ぐ。


 自分が……自分の力が、何者かに乗っ取られてしまう。


 ミシミシミシ……。


 ゲルドンの骨がきしむ。


 な、何という痛さだ?


「お、おいっ! やめろ! 何だこれは」


 ゲルドンが声を上げても、セバスチャンは悪魔のように笑っている。


「ゲルドン様、ご安心を」


 セバスチャンは静かに言った。


「サーガ族の亡霊たちが、ゲルドン様に取りいている最中です」

「サ、サーガ族って、な、何だ? や、やめろおおおーっ!」


 ゲルドンは声を上げた。


 ゲルドンの全身は、闇色やみいろ蜃気楼しんきろうのようなもやで覆われていた。ゲルドンはやがて失神し、魔法陣の上に倒れ込んだ。


 セバスチャンとアレキダロスは、薄気味悪く笑っていた。

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