第28話 ワーム
「やっと私の出番か」
だからこの言葉も北方の言葉とは言えない。
「ワームなのか?」
「外部の人間。信樂楼だな。特殊改編保安局の信樂智佳の弟……お前は余計なことするんじゃない」
電気を帯びた管が幾つも俺たちに襲い掛かるが、剣で防ぐには十分問題ない距離だ。
ただし、この距離を詰めるとなると話が違ってくる。
「ん? 生意気だな」
距離は変わらず離れたまま。だというのに、威力速度ともにますばかり。
チカ姉たちはこれと普段から戦っているって言うのか。チカ姉ほどの力でもなければ対応できないのも納得だ。
だが、今は俺たちしかいない。
さして大きくない剣では全身を防ぐことは不可能。
体中に切り傷ができるが、それも気にしていられない。
「お前らは何もわかっていない。私は物語が本来の形で終わればそれでいいだけなのだ。特殊改編保安局の言葉で言えばお前らこそが改編者でしかない」
「何を言って……」
それはつまりワームの目的は茜の死だったという事じゃないか。
「どうして、どうして、ワームのお前がそれを望むんだ」
「お前は知らないのか。征條茜は誰の力も借りず物語から出てきたんだ。私たちが世界を覗いた隙に」
「だからって……」
「私たちワームの目的は世界の改編を独自に操作することだっていうのに、勝手なことをされたんだ。元あった話に戻すというのは自然な話だろう?」
世界の改編を独自に……
国が特殊改編保安局などを作ってまでこいつらの目的を阻止する理由はそこにあったわけだ。世界を勝手に変えられるなんてことを避けるために。
「さあ、おしゃべりは終いだ。死ね」
北方、ワームは一切動いていない。
ただひたすらにワームの電気管が襲うだけ。しかし俺たちも攻撃に対応できず動けない。
こんなにも無力だったのか。
戦えると意気込んで、可能性があると信じたのに――
折れてしまっていいのか――そんなわけない。
「楼、行こう」
「ああ、変えよう」
いいわけがないだろう。
俺らが目指すのは最高のフィナーレなんだ。
危険は承知、ワームめがけてひたすら走る。
剣で避けても管は肉を裂く。腕、足、胴、すべてが的。出血、痛みなんか気にしていられない。だって、俺たちが目指すのは僅かな可能性なんだ。
そこにひたすらロマンがあるんじゃないか。
「こんなところで死のうって言うのか。征條茜の死だけで済むと言うのに」
「その死を変える」
「運命だ」
「運命だとしても‼」
管の攻撃に加えて雷球の猛攻、それに勝とうなんて不可能な話だ。
なんたって俺は昨日初めて剣を持たような人間。こんな戦場で大将と戦えると思うのは無謀だ。俺が僅かの可能性にロマンを感じたとしても、今回ばかしの可能性はゼロ。
でもそれは“俺”が剣を持った場合の話。言い換えよう。
俺が剣を操らなければいいのだ。
「茜、ここで使う」
「ええ、最後は任せて」
茜と契約して得た能力、それは剣の具現化だけではない。
〈アベク・クリスタル‼〉
俺の持つ剣に装飾……正確には全身を硝子に具現化させた茜が纏われる。
だからこの剣は今から茜の制御下にあると言ってもいい。
「な、なんだ」
ワームとて戸惑いを隠せないだろう。
驚くのは当然、二対一の状況からわざわざ、一対一の状況にしたのだから。
だが、これは勝つための手段――
「所謂、必殺技といったものだ」
結晶化した茜を纏うことで、俺の周囲にもワームを向いた硝子の礫が待機する。
これが昨夜完成させた〈アベク・クリスタル〉であるが、必殺技と言うだけあって、デメリットがないわけではない。
硝子の礫の他に、バベルの屋上は数多の紙吹雪が雨の如く降り注いでいた。
「俺の貯蓄本全部消費してのラストバトル。これでロマンを掴みとる」
「そんな武器で何ができると言うのだ。たかが、登場人物。ましてや敵役の能力など使い物にもならん‼」
正面から伸びる管を躱し、一気に距離を詰める。
「茜、雷球は任せた」
《了解》
剣との意思疎通も完璧。不意を突くような雷球は茜の硝子礫で対策されるため、俺が考えるべきは管の防御。
「これくらいなら俺だってできる」
受け止め、躱し、斬りつければ管の対応がいとも簡単に感じる。おそらく、茜の意思も加わり剣速が向上。正確さも増せば距離などあっという間に詰めることができた。
「これでやっと対決ができる」
「くッ……一歩間違えれば即死だというのにどうしてそんなにもッ‼」
両腕の形状をブレード化させたワームが近距離戦を避けるように回避中心の攻撃を続ける。形勢逆転ということだ。
この状況は俺たちが確信していた。それを彼はわかっていない。
「一歩間違えれば即死だって? 最初からそのつもりでやってきたんだ」
最初から、本当に最初、茜が初めて俺をこの世界に連れてきたときすら、覚悟していたんだ。何をいまさら言うのか。
「死ぬことが、恐いとは思わないのか‼」
「死なねぇよ」
《私たちは信じてるんですよ?》
まったく笑わせてくれる。
俺と茜は笑みが止まらない。
「何がお前たちをそこまでさせるんだ……」
答えは一つ。
「ロマンだよ」《ロマンです》
ワームの浮かべる顔には恐怖すら滲み出ていたように思える。
攻撃も緩み、正確性に欠け、がむしゃら。
「お、お前たちは狂ってる」
人の美学を狂っているとは失礼な奴だ。
だが、それも悪くない。
「たとえ狂っていようが、それが俺たちの答えだ」
このワームの内には北方という役を演じる“人間”がいる。
全部本を使いきったとは言え、殺せない。
「うああああ……そんなロマンなど知るか‼ ロマンで変えられるものなど何もない‼」
数多の管を上段から振り下ろして斬り裂く。
今、この剣に斬れないものなどない。
そしてできた隙。
「茜‼」
具現化した剣を解除すると同時に実体化する彼女が一冊の本を投げる。
『ロマンの勇者 著・信樂楼』
その本を掴み俺の貯蓄へと燐光化。
「ロマンなんかを信じられるものかッ‼」
淡い光となったのを確認して、下段に構えた剣を振り上げる。
腰から肩にかけての一太刀。
「俺の作るロマンを見てな」
地に倒れる北方。
青い電気を弾かせる機械型の蜘蛛、ワームが剣先で壊れていた。
「これにてワーム退治完了……だな」
「それがワーム。こんなに小さな機械が体を支配していたのね」
確かに小さな機械。さりとて、俺たちの身体は血だらけで何かの拍子に倒れてしまいそうだ。もっとも、仕事は終わっていないのだが。
最後の仕事。きっとそこで二人も待っている。
「茜、準備はいいか?」
懐かしい記憶を思い出すかのように、争いをやめ呆然としている両軍、助けてくれた幹部、うずくまっている責人を見て、小さく頷く。
「ええ、行きましょう。最高のフィナーレを迎えに」
バベルの屋上で唯一の建物、集団拡散機へと向かった。
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