第27話 変える物語

「茜は――」


 俺たちの行く末を呆然と眺めていた。

 それを突き落とそうとする人などいなく……


 ――おかしい。


 俺は確実に責人に致命傷となる攻撃をした。だというのにワームは一体どこだ。


 俺の剣はただすり抜けただけ……それなら――

 周囲を見渡せば、そこに佇む一人の男。


「いた。あいつ」


 前回突き落とした何かに怯え焦りを浮かべる男。

 まだ駆けだしていない。今回は間に合う。

 だからそいつが動く前に剣を硝子の剣にして走る。

 物語の修正力で茜が死んだんじゃないのかよ。全体を改編したから世界からの干渉は受けないはずなのに、どうして……


「どうして……」

 走る足が止まる。


 世界からの干渉は受けないんだ。だとすると……干渉できる人間。

 この世界が物語で、茜が死ぬ運命を知っている人間。それは――


 振り返った先に伏せる責人は何かを必死に握って声にならない声を出し続けている。


「本?」


 そういえば街長もなぜか本を一冊持ち歩いていた。執務室で会った時も、俺にお金を渡しに来た時も、なぜか持っていた。


 それは責人が持っていたからなのか。


 だとすればその本は――『グラティア』

 この世界の本。


「あ、あいつは、責人はワームじゃない」


 振り返り焦る男は未だそこに佇んでいる。

 あの男もワームじゃないとなると、誰が? そもそもなぜあの男は怯えているんだ。その存在こそがワーム?


 このまま茜を放置できない。

 出遅れたら負けだ。

 楼は茜向かって走りながらも考える。


 ワームは外部の存在。つまりこの世界に干渉できる存在。俺は元の物語を知らないのだからわからない。だが、茜は違う。すべてを知り、予想できなかった存在がいたはずだ。


 思い出せ。

 茜が予想できなかった存在。

 そしてあの男を怯えさせることができる存在。

 それは――


 楼の視界の端から飛び込もうとする男。


 そいつの足を狙って剣を振り下ろす。


「北方あああああ」


 足に剣を掠めるも、茜は再び――


「今度は助けるんだあああ」

 飛び込んで伸ばした右手は……今回しっかり握られる。


「楼⁉」

 何が起こったかわからないとでも言うような茜がそこにはいた。


「間に合った」

「間に合ったって……その腕」


 右腕に巻いてあった布がバベルの底へと落ちるのと同時に、捻じれるような激痛が楼を襲う。腕を伝う血はつなぎ目を越えて茜を汚す。


「悪いな。でも助けるから……くッ」


 激痛だけじゃない。つなぎ目に入り込んだ血が手を滑らせるのだ。

 時間がない。早く、引っ張り上げないと――


「楼……私」

「言うな。助けるから。今度は助けるから……うおおお」


 上がらない。

 腕が痺れて力が入らない。

 助けなくちゃいけないのに。チカ姉だって、バートンだって俺に賭けてくれたんだ。俺がここで諦めて叶うほどロマンのない計画じゃなかった。


「ここで引っ張ってこそロマンがあるってもんだろおおおおお」


 だが、現実は残酷だ。

 滑り落ちる手を俺は――

 また変えられないのか。何も変えられないのか。俺は――


「掴め‼」

 楼の手の上に一つ手が重なった。


「なに諦めてんだ。代表を信じるって言ったのはお前だろう」

「あんたは……会議の時」

「お前が散々貶した幹部だ。さあ、代表を引っ張れ」


 楼の後ろから「引っ張れええ」と幾つもの声が聞こえる。それはこの男一人じゃないことを指し示していて……

 俺は、いや、俺たちは茜を救うことができた。


「どうして」

「どうしてもこうもなかろう。代表を救うのは当たり前だ」


 だが、物語のシナリオでは誰も助けなかったじゃないか。だから茜は物語では孤高の人物だったわけで……それは改編した時に解除されたということなのか?


「お前だけが代表の味方じゃない。我々だって代表の味方なんだ」

「でも……」

「きっと、皆さん楼が会議の時言ってくれたから……ですよね?」


 引っ張り上げられ座り込む茜が向ける視線の先で鼻を鳴らしている幹部らがいる。

 俺は、変えられたのか。未来を――物語を。


「皆さん、助けてくれてありがとうございます。ですが、ここは危ないので……」

「何を言うかと言えば……我々とて」

「助けられてばかりの代表だと面目が立たないでしょう? 代表を、私を信じてくれませんか?」


 頷く彼らは本当に茜を信じて……味方でいて……

 この計画の果ては皆消えてしまうと言うのに……


「楼、ありがとう」

「なあ、茜。あいつら皆」

「これは物語。終わらせなくちゃいけないの。寂しさも物語の中だけだからね」


 物語の中だけ。確かに茜は物語の中だけの存在だが、俺はもうそれ以上に――


「随分と話しているようだが、満足ですか?」


 楼が斬った脚をさする北方は逆再生するかのごとく傷を無かったことにする。

 確かに話している暇はない。こいつがワームであることは今の現象からも明白だからな。


「お前がワームだったなんてな」

「よくわかりましたね。その推察力は褒めて差し上げますぞ」


 推察力も何もない。

 ただ、こいつがシナリオと違う行動をとったから気づけただけ。


「お前が会議で勝手な行動さえしなければ気付かなかったさ」

「ホホホ、それは迂闊でしたね」

「本来あの場で出張る必要はなかったのになぜ出張ったんだ」

「それは簡単な話です。私としてはあの場で代表の地位が奪えればそれで問題なかったからですよ」


 全身電気を纏っているのを見るとおそらく北方のグラティアは電気。


「そもそも……代表に相応しいのは私だっていうのに」


 怒りを露わにする理由は物語のシナリオと言う運命に不服だからだろうか。

 であれば同じ感情を持つ者同士、衝突することは必然だったのかもしれない。

 俺たちも、それを変えに来たのだから。


「代表として派閥が抱く憎悪を敵に向けられないのは甘えでしかない‼」

 荒げる声に茜は冷静に答える。

「それは違います。派閥をもって憎悪を形にすれば犠牲は免れられ――」

「だが、それが人間の感情というものだ」


 このあふれ出す感情を聞いて、なぜ北方がこの物語で望んだ地位を得られなかったのか納得がいった。彼にあるのは正義感ではなく、自分の抱く怒りを正義だと言い張って作り上げた偽物でしかないのだから。


 それでも北方の目的はあの時からなんら変わっていない。

 しかし、代表の地位などにこだわって改編を試みた?

 北方の言い分としては理解できるが、ではワームはなぜ北方に?


「北方。どうしてお前なんかをワームが利用するんだ」

「ワームが利用? ハハハ、私たちは利用しあっているだけですぞ」


 その言葉と同時に北方の背中から鉄の管が生え始める。管は全身を覆うように、絡まる蔓のごとく体を支配していった。

 北方が何と言おうが、俺にはその光景が寄生虫に乗っ取られた姿にしか見えない。


「ワームの言葉はワームに聞きなさい。まあ、生きていたらの話だが――フハハハハハ」


 全身を励音で覆う姿は果たして協力関係と言えるのか。

 本人に問いたいところだが、そうもいかない。


 その本人は鋼の内なのだから。

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