第26話 バベル
バベルの入り口は制圧済み。言うまでもなく、チカ姉たちの仕業だ。
二人は最上階。その扉の前で待っていた。
「準備はできてるわよね?」
「ああ、バッチリ」
能力への不安はない。可能性への不安はない。ロマンへの不安はない。
――信じているから。
「僕たちは変えれないよ」
「わかってる」
二人にだって、茜にだって変えられない。
俺が変えるのはすべてだから。
両開きのドアに手を当てるのは楼。
「見ていてくれ、ロマンがすべてを変えるところを」
ビクともしない扉。茜が開けることで始まるラスト。
それすらも変えて見せよう。
まずはそこから。
世界から音が消えた。
――カァン
拍子木の音が世界に響き渡る。
◇◆◇
〈〈グラティア‼〉〉
両軍の魔法は開けた空を震わせ――
〈改編‼〉
◇◆◇
――カ、カァン
二度の拍子木が世界を白紙へと塗り替える。
「お前ら全員、俺のロマンの星になれ」
シナリオを失ったことへの戸惑いが場を制している。
それは敵味方問わず、俺たち四人以外のすべてが状況を呑み込めていない。
だからこの戦いで迎えた初撃は――
「茜‼」
「任せて」
透明なそれが光を纏って硝子の剣となり、紙吹雪の戦華が舞う。
俺の打った初撃、甲高い鈴の音が始まりの号砲となった。
「て、敵だあああ」
慌てふためく敵に対し、楼の攻撃に乗じた味方が衝突するのと同時に特殊改編保安局の二人もそびえ立つ集団拡散機へ直行した。
俺を筆頭に責人への道が開かれ、現状新保進派有利。待ち構えていた元化派の体制は崩れるばかりで立ちふさがろうとする彼らの顔にも焦りが見えていた。しかし――
「慌てるな‼ 我々こそが正義! 数では負けていない‼」
責人が簡単な戦いにはさせてくれないようで……意識の切り替わった元化派は少しづつ力を均衡させていく。まったく厄介極まりない。いや、そうでなくては主人公とは言えないのだろう。
そして対面すれば円形の空間が意図せず作られる。
「やっぱりこうなるか」
「でも、私たちは二人」
茜は前回を知らないからそう言うが、前回責人と戦っていたのは茜とチカ姉。二対一で責人は負けず劣らずの戦いを繰り広げていたのだ。それに比べて茜と俺ではどれほどの立ち回りができるのか疑問に思わずにはいられない。
「僕たちの戦いだろ。そいつは誰だ」
早速腕を炎で滾らせる責人。
「私の仲間……信じてくれる味方です」
「これは二人だけの決戦だろう? なぜ邪魔者を呼ぶんだ」
自身から出す火球で遊ぶ責人の目は一種の狂気を覗かせている。全てを知り見下す余裕ぶった表情……まるで自分が主人公で確定した勝利が見えているような、そんな余裕。しかし、そこに俺は主人公を見出せない。だって――
「君の死は免れられないっていうのに……」
「ふざけるな」
気づけば駆けていた。
右手の剣を突き刺すつもりで、強く引いたそれを責人の胸目掛け突き出す。
しかし、それは溶岩のような右腕で受け止められた。
「その程度なら心配する必要などなかったな」
「くッ」
わかっている。いくら戦える武器が手に入ったとしても最初から戦えるなんて思っていない。だが、それを俺は許容できないから――
「楼! ダメよ」
「どうしてっ!」
「あなたの街長でしょ‼︎」
「ッ‼︎」
この世界とはリンクしているのだ。痛みは落ち着いたとは言っても未だ立ち上がるのすら辛そうにしていた街長をあれ以上傷つけるわけにはいかない。だがしかし、そこまで気にして責人のワームは討伐できるのか。
俺の初撃を容易く受け止められたというのに。
「悪い、冷静を掻いてた」
そうだ。俺は自分を、茜を信じようって決めただろ。
「茜。今度は一緒に」
「ええ――一緒に!」
この具現化した剣とて解除すればワームの為の剣と化す。
街長を一切傷つけないのであれば、俺たちが有利な体制に持ち込めさえすれば勝利といっても過言ではない。しかし、どうしてだろうか、目の前の責人の炎がそれを簡単だとは思わせてくれない。
だから動き始めは責人の一歩からだった。
「茜は援護を」
「はい!」
先制として茜の硝子が礫となって責人を襲う。
しかし、それを軽く炎の腕で薙ぎ払えば礫は意味をなさない――あくまで礫はだが。
「クッ‼︎」
凸の形をした硝子を空と責人の間に作り日光の反射によって一瞬の閃光が隙を生む。
それでも目を開け続けた責人は俺の攻撃が見えていただろう。尤も振り上げ上段から打ち下ろした剣を受け止めても重心は傾いているに違いないのだが。
それでも俺は主人公を侮ってはいない。
だから決して力負けして吹き飛ばされないように強く剣で押さえつける。
だがそれでも食い込むことすら出来ず、滑りそうな剣を必死に握って押し込む。抵抗する責人の左手が俺に届くよりも早く更に重心を傾けることは生死を賭けた急務である。
しかしそれさえ傾けば……
「今だ!」
背後に回った茜の凪払いが――届かなかった。
「不意打ちとは悪党らしい」
「嘘だろ。お前の左手は炎を纏ってないんだぞ」
責人の左手からは赤いそれが垂れて馬鹿げた握力で茜の剣と化した腕を寸止めしている。
もちろんこんなことで倒せる相手だとは思っていなかったが、今俺が具現化解除して体を叩き切って致命傷、つまりワームの退治完了なんてことにはならないだろう。であれば一度引く方が……
「ッ‼」
俺の重さを無いもののように扱って腕に食い込んだ剣ごと吹き飛ばす責人の力は人間のそれを軽く凌駕している。
「二人がかりでこんな結果とは役割というものを弁えたらどうだ」
「責人やめてください。あなただって自分の正義があるでしょう」
「やめろ? やめるのは君だ。僕は今でも平和を望んでいる。だから以前茜に降伏するよう言ったのに、君はしなかったじゃないか! そのせいで犠牲は増えるばっかり……理想を語る前に現実を見たらどうだ」
掴んでいた茜の剣を離して蹴りを入れる彼の姿は冷静から程遠い姿といえる。
炎が広がり、バベルの屋上全体を囲む様子は以前と同じ。
どんなに人を巻き込もうと終わらせに来たか。
「僕が望むのは平和な結末だけ……それだけだ」
「今のお前が平和を語るなんて皮肉だな」
敵も味方も火に脅かされ、未だ戦っているのは俺たち三人に見える。
主人公としての力は認めるが、圧倒的なその力は俺たちにとって立ちふさがる最後の敵にしか見えない。
「この物語では僕が正義である以上、お前たちに正義はない」
火球を投げつつ、俺との距離を詰めにかかる。
炎を斬って対応するのに手一杯だって言うのに休ませてくれない。
上からたたきつける拳の連撃を盾にした剣で受け止めるが硝子の剣から鳴る軋む音は、耐久性に欠けることを知るのに十分。もっとも、後方へ跳ねて避けた拳が地面を叩けば溶解してクレーターとなるのだから、軋むのも当然と言えた。
あんなもの受け止めきれない。
茜も角度を変えて攻撃してくれているが、責人に隙があまりにもないから俺では碌に戦えない。
ならばどうするか。能力をすべて引き出して……いや、それでは本の消費が――
「楼‼ 守ってばかりじゃダメ。責めるの。責人だって体力は無限じゃない」
そうだ。
俺が勝てる可能性はゼロじゃないんだ。
それなら十分――戦える。
振り下ろされる拳に向かって楼は走る。
「そんなんじゃ……ッ‼」
剣を盾に拳に衝突しに行った楼は、衝突の直前に左へズレることで回避。
だが確かにぶつかってはいた。
剣を盾に拳の甲を掠めて回避していたのだ。
もはや博打。タイミングを間違えれば即死だった。
しかしそれは――
「賭けるには十分なんだよ‼」
楼にとっては引く価値のないリスク程度だったのだ。
「ふざけるな!」
「あつっ」
拳を抜けた楼は沈めた腰で全身が炎で出来ているかのごとく加熱した責人に掴みかかる。そして掠めたときに体の後方へ流れた剣に遠心力を加え具現化解除。透明の剣が腹部を斬り裂き始めたその刹那――
「危ない‼」
横から飛び込んだ茜とともに地面に転がる。
「何して――」
先ほどいた場所は大きなクレーターが作られていた。
責人はどこに‼
バベルの屋上の端、楼と対極の位置に彼はいた。
激しく燃えていた炎はそこにはなく、屋上を囲んでいた炎壁すら失い、右腕は脱力している。その体は街長のだっていうのにも関わらずだ。
「どうして守ったんだ。茜えええ‼」
怒りの権現ともいえる圧が対面から届くも、冷静に茜は答える。
「私の、仲間だから」
「仲間? お前はただの登場人物にしか過ぎないっていうのに仲間? この物語でお前の仲間なんて一人だっていないんだよ」
「それでも楼は私を仲間だって言って、命を懸けて私を守ろうとして――」
「うるせええええ」
脱力した右腕を持ち上げ、まだ戦おうとする責人。
憎悪で動いているのか、俺にはわからない。
だが、今の責人は物語の主人公である与野責人ではないことは間違いないのだろう。
「俺は、お前みたいな主人公見たこともないんだ」
「外から来て勝手に言いやがって、壊しやがって、ふざけるな!」
ああ、そうだろう。
彼からすれば俺は外から来た人間で、主人公としての道を失わせたのだろう。
けれども、それが何だっていうのか――
「犠牲を許容しない理想……そんな茜のロマンに俺は加担したんだ。俺を助けて自分だけ犠牲になるだなんて、加担した以上俺がさせねえよ。俺はロマンで生きてるんだ」
「それでも僕が正義なことに変わりはない‼」
地を蹴り駆けだす責人。
それに合わせるよう俺も駆ける。
そういえば、前回もそうだった。
最後は剣が届かなかったんだっけ。
だが今回は――
「楼‼︎」
足元には硝子の踏み台があり、それにヒビを入れる程強く蹴った。
「ロマンだって正義だ‼」
「この自己中野郎が‼」
もし、彼が冷静なら避けることは簡単だっただろう。
しかし、今冷静なのは間違いなく俺だ。
「おおおお」
「はあああ」
舞った紙が火の粉になった地に落ちた。
地面に付せって動かない責人。
「自己中だっていい。俺のロマンの邪魔ならな」
うずくまって返事も何もない。
そして、思い出す。
この後起きた展開を――
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