第23話 再び

「信樂さんもあの場で言わなくても良かったでしょうぉ?」

「だが、必要なのは本当で」

「だとしてもぉ、救うためには本が必要なんてすぐに信じられる人いませんよぉ」

「街長が居てくれて本当によかった」


 あの時、街長も動揺していたが……後悔するようにお金を見つめていたが、最後は信じてみんなを説得してくれたお陰で一難逃れることができた。


「ありったけの本だなんて、本当はぁ、何に使うんですかぁ?」


 数多の品物が乗る荷車に腰かけた清衣が商人の眼で楼を見つめる。

 信じていないのは清衣も同様だったわけだ。


「嘘なんかついてないんだけどな」

「えぇ~信樂さんからすごぉ~い隠し事の匂いがしますよぉ?」

 商人の勘は侮れない。

 身体の匂いを嗅ぐ清衣の髪がくすぐったくて楼の体がよじれる。

「なんかぁ、信樂さん変わりましたよねぇ~」

「変わった?」

「はいぃ~。変わったというかぁ、戻った気がします」


 俺としては変わった気も……いや、変わったな。確かに変わった。

 茜に助けてもらったあの時から変われた。

 チカ姉だけを追わなくても、自分を信じてやっていけるようになった。


「変えてくれた人を助けに行くんだ」

「へぇ~なんか妬けますねぇ~」


 口先を尖らせ、背もたれにしていた本を乱暴に扱おうとして……やっぱりやめた清衣は商人としての性格が見える。


「なんで清衣が嫉妬するんだよ」

「え~それはですねぇ、私だって信樂さんの本を心待ちにしてる一人だからぁ?」


 心待ちとは、俺に早く次を書き上げろとでも言っているのか。

 そんなことに嫉妬という言葉は似合わない気がする。


「俺の本を読んでるのか?」

 この答えが一番納得がいく。いやしかし――

「待っているお客様は街長だったんだろう?」

「お客様が一人だなんて私言いましたぁ?」

「いや、言ってなかった――と思う」


 こうも俺の書く本が好きだと言ってくれる人がいると照れるのだが、嬉しい気持ちっていうのは隠すのが難しい。

 無意識に顔は赤くなってしまうし、居心地だって悪い気がしてそわそわする。

 それもこれも、今まで張り詰めていたからこそ清衣と話して気が緩んだからだと思う。


「清衣と話すといつもの俺がわからなくなっちまう」

「ふふふ、ずっと怖い顔してたからちょうど良かったですね」

「怖い顔?」

「そうですよぉ? まるでこれから死地に行くような顔ですぅ」

 彼女のキラリと輝く蒼い瞳は、すべてを知っていそうで思わず目を逸らしてしまう。


 隠すつもりもないし、死ぬつもりもない。それでも清衣とは街で生き辛い俺にとって買い物をする上でも、本を売る上でも、日常的にも関わりが少ない方ではないから知らない仲ではない。だから深く知られることに躊躇いがある。

 本の世界に行くと言って冷めた目を向けられるのが不安だったから。


「まあ、話したくないならいいですけどぉ」

「……悪い」

「危険なところに行くっていうのは怪我を見たらわかりますしぃ?」

 楼は思わず腕を押えてしまう。

「そんなこと正直どうでもいいんです」

 本がまとまった布袋をせっせと持ち上げる清衣はふらつき倒れそうになり慌てて支えた。

「でも帰ってこなかったら怒ります」

「へ?」


 一瞬だけ揺れる瞳と真っ赤な耳の清衣が荷物だけを押し付け楼からすぐ離れる。

 その挙動は俺を本気で心配しているみたいじゃないか。


「し、信樂さんの本を私も読みたいので……売り物としても売りたいですしぃ、ね?」

「なんだよ。そんなことかよ」

「そんなことですよぉ。何考えてたんですかぁ」


 俺も長く関わっているから作家と商人の関係以上の心配を持ってくれているのだと思ってしまったがそんなことはなさそうだ。


「ほら、俺たちの関係ならもっと心配してくれてるのかと思っただけだ」

「だから何言ってるんですかぁ」


 荷台を運ぼうとする清衣はくるっと後ろを向いて十分大きな声で言う。


「でもですねぇ……一緒に旅商人とかしたら面白いかなとも思うから帰ったら……一緒にやりませんか?」


 うなじから見える真っ赤な首に気付かない楼も大きな声で答えた。


「ああ、いいな。楽しそうだ。街長への借金返したらやってもいいな」

「そうでしたぁ。信樂さん借金持ちでしたねぇ。だったらちゃんと帰ってきてください」


 覗き込むみたいに楼へ振り返る清衣は女の子の顔でにっこり笑う。


「約束ですよぉ。信じてるから」


 それだけ言って重い荷車を転がす彼女の背中を見届ける。

 ちゃんと心配してくれてるじゃないか。

 約束……か。


「助けて帰ってくる――絶対」


     †


「本当にそんな方法で?」

「僕は妙案だと思うね」


 物語のトリガーは茜と責人のわだかまり解消、つまり、関係に終止符を打つことだ。

 だとすれば、正面からぶつかり合ってワームの討伐に時間を割かなくてはいけない以上人間関係の修復に割く時間はない。だから同時にこなす必要がある。


「この方法なら物語は終わらせられると思うんだ」

「ええ、でも……楼は本当にそれでいいの?」

 この計画に問題があるとすれば、俺と茜の負担が大きいこと。

「責人がどんなに強かろうと倒して見せる」

「それもそうだけど……本当にわかってるの?」

 他に問題があるとすれば――当人が納得するかの問題。

「俺のエゴだとしても、責任は俺が背負う」

 睨み合うよう、それでいて視線で心配だと伝える智佳と楼の間にバートンが入る。

「まーた君は過保護になって」

「でも‼」

「これが楼君のロマンを現実にする方法はない……そうだろう?」

「ああ、そうだ」


 すべて上手くいって計画を完遂するには現実を見れば楽観的だと二人もわかっているはずだ。俺がどれだけやってのけるか……それが一番計画の不安要因になっているのだと俺自身も理解している。


 その楽観的な計画に二人を巻き込む以上、この街を巻き込む以上失敗は許されないのだということも理解していても、これ以上の計画は思いつかない。

 俺自身が過剰に自分を信じているっていうのも理解している。


 しかし、理想への狼煙は既に上がっているのだ。ここでなかったことになどできまい。俺にあるのは責任と業だ。

 茜が数多の業を背負っているのだとすれば俺だってこれくらい背負おう。

 すべてはロマンの為――


「わかったわよ。契約のやり方は覚えたのでしょう?」

「さっきバートンに教えてもらった」

「楽しみだね。二人の契約がどんな能力を生み出すのか……」

 俺と茜の契約……あの責人と渡り合える能力とは一体どんなものか。

「そこは心配しなくていいのよ」

 呆れた姉の声に首を傾げる。

「珍しい……」

「君は本当に信樂君か?」


 チカ姉が過保護じゃないなんて本当に彼女は――

 腰に手を当てた智佳が大きなため息を吐いた。


「あのね。私は楼ができないなんて一ミリも思ってないの」

「いや、だってさっきは……」

「私が聞いてたのは気持ちの問題よ。楼が全部背負うとするから……その、少し心配になったというか?」

「あれは少しとは言わないよ……うッ」


 バートンの腹に入ったパンチは流動的で何もなかったことになるが、チカ姉は俺なんかよりも悶える相棒を少し心配してあげて欲しい。


「だから楼がいいならもういいわ。時間もないんだもの」

 そっぽを向いて『グラティア』をパラパラとめくる智佳の耳がほのかに赤くなっていることに気付いた楼は聞こえないだろう声で言った。

「ありがとう」

「……何か言った?」

「いいや?」

「そう」


 視線を下ろした時に真っ白な歯を見せ親指を立てるバートンが居て……冷めた目で見る。

 チカ姉……殴りたくなる気持ちがよくわかったよ。


「何やってるの。時間に余裕なんてないのよ」

「コホン……ああ、そうだったね。さっさとジャンプ地点を決めよう」

「……街長のリミットのことを考えると一日が限度かしら?」 


 突如真面目に話し出す二人への精神的疲労を息を吐いて誤魔化す。

 ジャンプ地点、それには二人だけで掃除をしていたあの時間が最適に違いない。


「だったら前日に茜と二人で居たから前日の夜がいいんじゃないか」

「へぇ……二人で何をしてたんでしょうね……うッ」


 思わず出た俺の拳の速さはチカ姉ほどではないが、流れるように倒れるバートンはさすがに慣れているようだ。


「よし、前日のページを開いたから楼は二人で話を進めておいて」


 頷き、山積みの本に手を当てた。

 この本ですべてを変える。

 助けるだけ助けて俺に助けを求めなかったバカタレを救いに行く。


「じゃあ、いくよ。バートンもいいね?」

「あぁ、だい、じょう、ぶ」


 いつものグッドサインを見せるが、大丈夫そうに見えない。

 ちょっと力が入りすぎたかもしれない。今度練習しよう。


 楼は右手にネックレスを握って――二人は自分の胸に手を当てて――


〈〈世界は神話で出来ていた〉〉


 ロマンを求め旅立つ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る