第20話 改編
「外野のくせに僕の正義の邪魔をするなぁああ‼」
周囲に渦を巻く炎が壁を作り、二人の戦力を二分化する。
正しくあろうとするその全てが責人の冷静さを狂わせ、能力の炎に乱れが生じた。
両派閥の戦いにまで燃え広がる。
「責人‼ あなたは自分の仲間まで巻き込むつもりですか!」
「うるさい! お前を倒すことでこの戦いは終わるんだ‼」
茜が作る硝子の壁はその役割を果たせず、周囲への被害だけを増やしている。
「僕の、これは僕の……⁉」
責人の出す炎壁がバベルすべてを囲み、上昇の熱波で息を吸うことすらもままならない。敵味方問わず戦闘の中止を余儀なくされるが、目当ての茜は着実にダメージを受け続けた。
あえて炎壁で周囲を囲んだのは責人なりの優しさだったのかもしれない。もし囲んでいなければ、息を吸おうとバベル屋上から顔を出し落下する人々が出ていたであろうから。
それほどまでに過酷な状況下。酸素も薄くなり、戦闘によって蓄積された疲労は明らかな結果として現れる。膝を突く茜の姿は勝敗そのものを表していた。
「これでお終いだ……茜‼」
「そんなこと許すかよ‼」
〈改編‼〉
◇◆◇
――カ、カァン
甲高い拍子木が二度続いたことは青年の成功を意味していた。
周囲に舞う紙が燃えることで舞った火の粉の中には一人の青年。
「できたぞ。俺のロマンは実り現実になった‼」
「ろ、楼さん?」
脂汗を浮かべ、目を開けることすらも辛そうに座り込んでいる茜がか細い声を出す。
あんだけ激しい戦いをしておいて、弱々しい声を出すなんて茜らしくもない。
だが、その元気すらも失うほどに熾烈を極める戦いだったということだろう。
「ああ、茜を助けに来た」
「ど、どうして楼が? それにこの状況……楼がやったの?」
同じく剣を杖に膝を突いているチカ姉は無気力というわけではないようで、相も変わらず化け物じみた体力が垣間見える。
「なかなかに信樂君が攻めあぐねているようだったから、楼君にアドバイスをしたんだ」
「バートンに教えてもらった能力が成功してよかった」
「まあ、僕は自分の仮説を信じてたけどね」
なんともまあ誇らしげに語ってくれたが、今回ばかしは感謝でもして、ツッコミは我慢でもしよう。といっても、あくまで俺が我慢するだけだが。
「なに無茶させてんのよ!」
「うッ……」
這いつくばっているバートンの役回りは苦労が多そうだ。
優秀なのは間違いないのだろうが……可哀想に。
「楼君……同情は不要だよ」
グッドポーズと変わらぬ笑顔はハンサムでイケてる男だ。
お腹さえ抱えていなければ。
「楼さん、何が起こったんですか。私、今自分の意思を持って動けるんです」
「楼は怪我とかしてないのよね? どうしてこんな無茶を」
「落ち着いてくれ……そんなに寄られると落ちるから」
俺に詰め寄る勢いは激しいばっかりに危うくバベルから落ちそうになる。
混乱しているのもわかるが俺を殺さないで欲しい。
「まず説明すると、俺の能力は〈改編〉と言って有効範囲内のストーリー進行を書き換え可能状態に戻すものだったみたいだ。言っておくが改編能力があることが分かって使ったけど、悪用しないから捕まえないでくれ」
能力の詳細が分かったことはいいが、明らかに特殊改編保安局の仕事を邪魔する能力でもある。これさえ使えば無理やりチカ姉みたいに干渉しなくても登場人物の自由が与えられるからだ。
「保安局泣かせの能力じゃない」
「まあ、そういうことだ」
だが、今回はバートンからも許可は得ていたうえに、ワームによって暴走したであろう責人を止めるにはこの手段が最適だったことも間違いないはずだ。
「俺としては茜を救えただけ万々歳だな」
あのままでは炎の餌食になっていた可能性がある茜を救うのに十分な能力だったことも幸いだと言える。
「また私は助けられちゃったんですね」
「前に助けてくれたお礼だ」
「ありが……と、と」
立ち上がるもふらついて倒れそうになる茜を受け止める。
俺に体重を預ける茜は立っているだけで苦しいのだろう。酷い汗に足許がおぼつかず乱れた呼吸、数多の傷と火傷。今すぐに治療を受けさせ休ませるべきだ。
「クソ、クソ、どうして、どうしてこうなる。こんなはずじゃ」
地面にうずくまって何かをしている責人の声は、正義の人のそれではなく、呪いに近しい憎悪の言葉。
ここまで油断していたが、まだ戦いは終わっていない。
あくまでシナリオにメスを入れただけ。
「お前が、お前が悪いんだ」
俺のことをきつく睨みつけ火球を投げつけるも、チカ姉が叩き斬る。
あれだけ激しく能力を使ったのだから責人も限界が近いのだろう。
チカ姉はいともたやすく全ての火球を捌き切った。
だが、それまでもが責人の演技だと誰も気づくことはできなかった。
下から殴り上げるような動作によって地から突き上げる炎はチカ姉でも防ぎきることはできず、俺を押し飛ばすことで避ける。しかし、地から突き上げた炎は消えることなく壁となった。
「やられた。楼、逃げて!」
俺の背後には避けることで精一杯だった茜がいる。その茜は膝に手を当て立ち上がるも、戦える状態ではない。
ああ、これは俺の勝負なんだ。
責人が手から出す炎が消えかかっているのを見るとほぼ限界。あれも演技なら死ぬだけ。
俺の棒は改編する剣となった。だが、同時にワームを倒す剣でもある。
すり抜けるのは誰も傷つけぬため……無能じゃないんだ。だから俺は戦う。
「犠牲は誰一人許さない」
茜の信条、それは自分とて同じ。
地を駆け、向かい合う責人への恐れはなかった。
ぶつかる直前、俺が宙へ飛んだのを見て責人が下から殴り上げる動作をする。見える小さな火の粉。もう炎は出ないはず。しかし、俺は信じていた。
振り上げた拳からは炎が出るって――
「うおおおおお」
それでも、叩き斬って見せよう。
拳ごと、すべて‼
――ドン
音が重なった。
一方は倒れる音、もう一方は着地の音だ。
「気を失ったのか」
楼は自分の殴られた頬を撫でる。
わかっていても避けれなかった。もし、本当に少しでも責人に炎を出す余力があれば、俺は灰になっていたのだろう。俺の斬撃が、当たっていれば……
最後に斬撃すらも避け、拳をぶつけた男。街長の姿をした責人は眠るように倒れている。
だが、これはこれで勝利だ。後は無力化した彼を刺すだけ。
背後を振り返った瞬間に見えたのは一直線に駆けだす男。
追われるように焦った顔の先には一人の少女。
「茜‼」
気づいた智佳も、バートンも立ち止まり間に合わない。
助けられるのは俺だけ。
「え?」
だが押されたことで背後にバランスを崩す。
必死に手を掴もうと伸ばした楼の手は、茜が伸ばした手からモノを掴む。
「ごめんね」
微かな微笑み。
バベルの下に見える深淵に飲み込まれる茜をかき消す白光が世界を覆う。
そして終わったのだ。
別れを遂げ、悲劇の物語は幕を閉じた。
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