第19話 すり抜ける棒

 上層階まで上がる新保進派は一切の問題もなく、接敵すらもなかったそうだ。

 つまり相手も想定するのは全面戦争。

 木製の両開きの扉の先にはこちらを向いた全軍が向いていることだろう。


「楼はバートンについていきなさい」

 頷いて是を伝える。


 この扉が開かれたら俺は茜と共に戦うことは叶わない。進行が始まれば俺の存在などないも同然だからだ。しかし、俺たちの敵はワームが取り付いた街長、責人だと言うのだから進行外の行動をとる討伐作戦は困難を極める。


「では、始めましょう――『グラティア』のクライマックスを」


 茜が扉に触れた時、世界から音が消えた。


 ――カァン


     ◇◆◇


 〈〈グラティア‼〉〉


 両軍の魔法は開けた空を震わせる。

 バベルの屋上にして、始まりである集団拡散装置の前で今最後の戦いが幕を開けた。

 駆け抜け衝突する能力と鮮血がこれで最後となるよう願いを込めた二人がぶつかる。


「はあああ」


 直線的な筋を辿る無数の硝子は射光によって氷塊のごとき輝きを放っていた。

 しかし、氷塊であれば対する炎に劣勢であることは二人も気づいている。


「今日で終わらせよう」

「そのつもりで臨みます」


 身体具現化を行う両者の右腕は一方は炎槌、もう一方は硝子の剣となっている。その光景は異様であり、珍しい光景でもあった。


「茜が具現化するなんて焦りが見えてるぞ」

「今日で終わらせるには必要なことです」


 衝撃を身体で受け止める具現化のデメリットを請け負ってでも、炎と硝子という相性を埋める必要があったと知っての会話であった。だが、これも身体具現化という高等技術を持つ者同士の勝負でしか見られない光景。そして、肩を並べているはずの二人が対立することを未だ許せていないという責人の怒り。


 それらが表れた激しい鍔迫り合いの上で成り立つ会話だったのだ。


「正しい正義は僕にある‼」

「私はそれを止める‼」


 上昇する熱気に二人は脂汗を滲ませた。


     †


「何だよアレ」

 目にもとまらぬ速さで衝突し合う二人に近づかないよう絶対的な距離を取る各派閥。


 二人のレベルが違い過ぎるのだろう。素人目の俺でもわかる。あそこに巻き込まれたら死ぬだけでは済まない。溶解され四肢が裂かれる恐れすらあるのではないか。


 だからこそ、二人の決着こそが物語の決着になるのだと本能的に理解する。


「じゃ、私はあそこに混ざってくるから」

「おい、何言ってんだ」


 チカ姉は冗談を言っているのだと思いたいのだが、止めないと本当に行ってしまうような気がした。あの混沌を目の前にして……


「あんなところに混ざったら生きて帰ることなんてできないぞ」


 必死の訴えだったつもりだが、チカ姉にはまったく響いてないみたいだ。それも目的が責人に取り付くワームである以上、仕方のないことだと頭では理解している。しかし、目の前の光景を目にして止めないことなどできなかった。


「大丈夫よ。その目でちゃんと見てなさい。お姉ちゃんの五年間を」

 右手に召喚する武器は、大きなブレード。柄のガングリップを握る手は軽く、剣の重みなどないように持ち上げた。


「じゃあ、楼をよろしく」

 熾烈な戦闘に飛び込むって言うのになんで笑っていられるのか。俺には理解できない。

 あの感情を理解できないのはチカ姉が声を掛けた彼も同じようであった。


「普通もっと緊張感を持つものだと思うんだよね。楼君もそう思うだろう?」

「ああ……チカ姉はいつもああなのか?」

「そうなんだよ。だから僕は振り回されるばっかりでね」


 なんて相棒を持ってしまったのか。バートンに少し同情する。

 二人の間に突っ込んでいったチカ姉は茜とともに責人の剣を受けつつも、二対一に対応した責人の動きに隙はない。進行通りに見せかけた進行外の動きはワームに取り付かれた証拠でもある。


 加えて、二人の能力持ちに囲まれながらも鋼の武器だけで太刀打ちしているチカ姉がより戦闘能力に優れているようにしか見えなかった。

 チカ姉は相変わらず化け物じみた能力を思う存分発揮しているみたいだが、それでも二人の能力が一撃でも当たれば大怪我は必至なのが見て取れる。


 だと言うのに恐れ知らずな姿とは、化け物みたいなのは能力だけでなく、精神もということなのだろう。背中を追っていた身としては呆れ半分の息が洩れる。

 けれども、感心しているだけでは俺がここへ来た意味がない。

 俺だってワームを倒しに来たんだ。


「俺もあれに参戦するんだろ?」

 役割があると言っていた。あの戦闘を見る限り、ほぼ無能力の俺も戦いに参戦というのは難しいだろうが、できることはあるはずだ。


「楼君の役割は観戦だよ」

 だからこそ裏切られた気がしてその言葉に血が上った。

「て、てめぇ」

「待ってくれ。何も観戦が全てじゃないんだ」


 一度咳払いするバートンは腰からリボルバー式の銃を出す。

 トリガーに指を掛けていないから俺を狙うわけではないと見える。


「この世界に来た時、能力を得ただろう?」


 おそらく俺の場合、すり抜ける棒のことだろう。もっとも、あの戦闘を見て自分の能力が有用だと思えるはずがないわけだが……

 しかし、それとバートンの銃は何が関係するのだろうか。


「その能力は外部の人間だから得た能力でね。ワームを倒すために必要な能力なんだよ。だから信樂君、いや、智佳君の剣も物語世界で得た能力だからワームを倒せるってわけさ」


 なるほど、だとすれば俺の能力は圧倒的に使えないものではないか。

 こんなところでも能力の差を感じなくてはいけないとは、いくら割り切ったとしても、劣等感が拭えない。これは信じるべきロマンを見つけたとしても、拭えるものではないような……そんな気がしている。


「やっぱりチカ姉は凄かったんだな」

「あの人は異常だからね。でも、その考えは早とちりだよ」

「?」

「智佳君も、最初からあんな凶悪そうな武器を持っていたわけじゃない。僕と契約して進化してできた武器なんだ」

「進化?」


 刹那、バートンが手に持っていた銃は責人に向かって放たれる。

 一瞬の発砲で何が起こったか理解はできない。それでも放たれた銃弾が、溶解されたことだけは転がり潰れたそれからわかる。


「ま、僕の能力はこんなもんだよ」

「そんなんじゃ戦えな……いや、進化前なのか」

「いいや、僕は進化しない。なぜなら僕は物語の登場人物なんだ」


 バートンが登場人物? この世界の登場人物はみんな戦闘しているというのに、彼は自由に俺と会話しているじゃないか。この世界の登場人物なら……そういうことか。


「バートンは別の物語からやってきた主人公ってわけか」

「流石だね。だから僕の能力はこんなにしょぼいんだ。でも僕の契約による攻撃軌道予測は絶大って好評でねー」


 照れ顔を作って今にも自慢話を始めそうだが、今の状況を理解しているのだろうか。俺たちは戦っていないとはいえ、目の前には溶岩にも近しい溶けた硝子が飛来しているのだ。のんきに話している暇なんてあるわけがない‼


「わ、わかったから。早く俺の役割を教えてくれ」

「せっかちはモテないって聞くよ?」

「いいから早くしてくれ」

「しょうがないな……端的に言えば僕は契約した信樂君と一緒に戦うから、楼君には進化前の能力で背後から与野責人の心臓を突き刺して欲しんだ」

「……」

「別に心臓じゃなくても、致命傷になる攻撃ならなんでもいいさ。真っ二つでもなんでもね。ただし、世界がリンクしていることを忘れちゃいけないよ。ワームを倒せば自己修復で回復するとはいえ酷い怪我は治らないからね」

「……いやいや、ちょっと待ってくれ」


 一度冷静になろう。俺の頭が正常に動いているなら、バートンはすり抜ける棒で俺に作戦の最後を任せると言っているように聞こえたのだが……


「そんなの無理に決まってるだろおおお」

「わああ、いきなりどうしたんだい。無理って楼君にはそれくらいしか」


 きっとチカ姉は最初からある程度優れた能力があったのだろう。だから最後を任せるなんていう選択肢が出てきたのだろうが、ほぼ無能力に近い俺ができるわけがない。


 斬ったら冷静になる程度の能力でもワームを倒せるのかもしれない。しかし、それは責人を完全無力化できた場合に俺がやっと斬ることができるというものだ。だが、もし無力化できるなら俺などいらない。チカ姉がいるのだから。


「俺は……無力なのか。この世界でも……」


 こんなんじゃロマンがどうこう言ってられない。

 第一なんだよ。ロマンを信じることって。

 その信じるべきロマンもわからないって言うのに。


「俺の能力は本を消費して体をすり抜けさせる棒を使えることくらいだ……俺が斬ったとしても敵は冷静になる程度で碌に戦えもしない」


 右手に出した相変わらず透明なそれはチカ姉のような凶悪さをも見せられず、知覚することすらもできない。

 だから絶望していたというのに目の前のバートンは希望を見せやがる。


「できるかもしれない」

「……すり抜ける能力に何の価値があるって言うんだよ!」

 俺の言葉が癪に障ったのかリボルバーを俺の額に当てるバートン。

「もし、このトリガーを引けばどうなる?」

 なんて野郎だ。こいつなんかがチカ姉の相棒をしているなんて信じられない。

「間違いなく死ぬ」

「だが君のは違う」


 俺のは違うとはどういった意味なのか。そのままで捉えるならば……


「すり抜ける……傷つかない」

「そうだ。リンクしている世界では楼君は誰も傷つけずに戦えるんだ」


 確かに傷つけることがない能力は無能ではなさそうだ。

 しかし、傷つけることができないということは同時に自分自身も守ることができないということに他ならない。


「僕は聞いたことがないんだ。世界で得た能力が無能だったことを……」

 俺の思考を断ち切るように言った。

「誰も傷つけない能力。正直まだこのままでは無能に等しい。でも冷静になるという話を聞いて、ある仮説ができた。どうだい? 僕に賭けてみるかい?」


 誘いの手が生死を賭けることになるだろうと予測はついた。

 それでも俺は取らずにはいられなかった。

 俺は信じてるんだ。俺の中のロマンを。

 ロマンに溢れた俺自身の能力を。

 全てを変えるロマンを。

 バートンが耳打ちで話した内容はとても信じがたい話だったが、賭けるには十分。


 成功する可能性がゼロじゃないなら賭けてやる。


 俺は最初から決めていたんだ。


「俺の能力……そのロマンにベットする‼」

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