第18話 仲直り大作戦
数多の足音を後ろに伴って、下から吹き上げる強風を感じながらバベルの橋を渡る。
奇襲などと言われているが所謂全面戦争というわけだ。
正面のアーチを描く入り口には誰もいない。倒された形跡はあるものの、それは俺たち新保進派がしたことではなかった。緊張の糸がピンと張られるのを背中で感じる。
「茜、これって」
「ええ、間違いなくそうでしょうね」
複数エレベータ前を占拠して壁にもたれかかる姿は誰かを待っているようであった。
実際待っていたのであろう。おそらく俺を――
「やあ皆さんこんにちは」
バートンの爽やかな声と、何者かわかっていない背後の味方があたふたと慌てだす。
味方でもない二人組が自分たちのことを待ち迎えるようにしていたのだから慌てるのも無理ないのだが、何者かわからない不安と同じくらいチカ姉の持つ“武器”が恐ろしく見えたのだろう。
半身を越える大きさの真っ黒いブレードの柄はピストルの形をしている。当然戦った後で、剣から赤いそれが垂れているのだが、真っ赤な絨毯であるから染みは目立たなかった。
とはいえ黒いスーツの女性が、振り回すのにも苦労しそうな凶悪なガンブレードを持っているだけで恐怖を与えるには十分。
まったくチカ姉はなんて武器を持っているんだ。
「行きましょう」
それでも臆することなく進む茜を見送る。足が動かなかったから。
「楼さん?」
「あ、ああ……でも――」
一瞬の躊躇は茜にため息を吐かせる。
「な・か・な・お・り」
だからってチカ姉にも聞こえそうな声で言うのはやめて欲しい。俺だって五年以上も越えるべき壁に見ていた相手なんだ。おまけにやっと会えて喜ぶはずの再会も喧嘩で終わったのだから尚更。
いきなり素直になれと言われても難しいものがあるのだ。
「あー、もうわかったよ」
チカ姉の前で勢いよく頭を下げて――
「「ごめんなさい」」
「「え?」」
なぜか頭を下げた状態で真っ直ぐ目が合うことに驚く二人。
「やっぱり姉弟ってことだね……うッ」
バートンに腹パンを入れた智佳は手元の剣を手放すことで結晶化させる。
俺の視線を感じたのか、バートンが親指を立て、そんなこと気にもしないチカ姉。
なるほど。二人はそういう距離感なのか。
新たな姉の一面を見せられた気になっていた。だが、もっと意味の分からない光景を見せられている人々のため、仲直り大作戦を早めに決行する。
「どうして楼が謝るの」
「チカ姉が帰って来れないのは仕方ないことなのに責めた俺が悪かった」
背中から全面的に浴びる視線が体中を熱くするから早く終わらせたいって言うのに、そんな視線に気付いていないチカ姉は赤くなった俺を気遣い始める。
「真っ赤になるほど謝らなくていいのよ。私が悪かったの。楼の気持ちは知っていたのに、なんて言えばいいのかわからなかったから……」
やっと気づいたのか首先から頭先まで、ダラダラ垂れる汗もおまけして俺の背後を見る。
後ろでは「なんだ姉弟喧嘩か」「あいつらは誰なんだ」「仲直りできたならよかったな」なんて話が勝手にされている。いつの間にか緊張の糸など緩みに緩んだ空気感といえよう。
「わわわ、私は……」
「もう大丈夫だから」
智佳の肩を揺さぶって伝えるとすぐさま冷静さを取り戻す。
ほんのり赤いのは羞恥の名残だろう。だが、気にしている暇はない。
「チカ姉、いきなりで驚くと思うが俺と一緒に戦って欲しい」
「え? 一緒に?」
視線が未だ地面で倒れているバートンに向くが、首を横に振るのを見て再度俺に問う。
「本当にそれでいいの?」
「ああ、俺はワームを倒したい。でも力がないから力を貸して欲しい」
仮ではあれど俺なりのロマンを見つけられた。であれば俺が今果たすべき目的は、恩を返す意味でもワームを倒すことだ。それに伴う能力の不足は頼り、補うしか方法はない。
しかし、智佳は一瞬悩む素振りを見せる。
「楼がいいなら私は構わない。でも、守って欲しい事、知って欲しい事があるの」
倒れていたバートンは腹をさすりながら「それは僕から話そう」と優雅に立ちあがる。
「楼君には極力戦闘を避けてもらいたいんだ」
やはりか。なんとなく予測はできていた。
俺が無力であること以前の問題として、チカ姉は俺が危険に飛び込むのを強く拒んでいるんだ。協力するとはいえ、形式上の協力であることは推測できていた。
だが、それは正しい判断であることは否めないのも事実。
やはり俺は無力なのだ。チカ姉の持っていた剣すらも俺は出すことができないのだから。
それでも――
「俺にも戦わせてくれ」
ここだけは譲れない。それが俺の目的だから。
「私からもお願いします」
頭を下げたのは茜だった。
しかしそれすらも読めていたとでも言うよう智佳が続けた。
「楼のことだから諦めないって思ってたわよ。征條茜も安心するといいわ。ちゃんと役割は作った。それは後でこいつから聞きなさい」
歯を見せる笑顔に親指を立てたバートンは、頼りなく感じるも俺に役割があることに幾ばくかの安堵がある。「時間がないから進めるわよ」という智佳の言葉で、楼は頭を瞬時に切り替え耳を傾けた。
「これからどうしても知っておいて欲しい、この世界の仕組みを軽く話すわ。そして絶対に忘れないで欲しいの。この物語世界と現実が密接に繋がっているっていうことを」
真剣な眼差しは弛みを許さない凄みがあった。
「この世界で起きたことは現実にも起こっているの。とはいっても、この物語で死を辿ったから現実でも死ぬわけではないわ。ただ、外部の存在。私たちや、ワーム。それらが加えたことは現実でも起きる」
「簡単に言えば楼君が与野責人を刺せば、現実でも同様の傷ができるってことだよ」
ということは……
外部の存在によって与えられた傷が現実では何もしていないのにも関わらず“不審”な傷として浮かび上がるということではないか。
そして、俺はこの話を知っている。
「街長は外部の存在によって傷を負った。だから現実でも傷が浮かび上がってきたわけか」
「ご名答。流石信樂君の弟だね」
腕を組み楽し気に頷くバートンに横から相棒のパンチが入る。
「あんたは少し黙ってなさい」
まあ、五年も会わなかったわけだし、チカ姉も変わるよな。きっとあのパンチも加減をしている愛情ゆえのパンチだろう。俺の知るチカ姉はすぐさま手を上げるような横暴さを持っていなかったはずだから。
「コホン」
智佳の咳払いと共に「す、少しは加減を……」なんていう声も聞こえた気がしたが聞かなかったことにしよう。
「だから楼はこの世界の全員に怪我をさせないよう気を付けて欲しい。だからといって楼が危ない目に遭うくらいなら護身はするのよ?」
やはり俺への言葉も表情も昔のままだ。目の前の彼女はチカ姉で間違いない。
というような馬鹿げたことを考えているのを見透かされたのか、智佳は楼の肩をぎゅっと掴んで話す言葉の重みを伝える。
「いい? この改編阻止は一回しかできないの。本来は完璧な準備をして取り組むくらい失敗は許されないわ。そうでないと物語に存在を染められ現実に戻れなくなるのよ。ワームの目的がわかっていない以上、今回やろうとしていることはかなり難易度が高いことなの。だとしても、失敗だけは絶対に避けなくちゃいけない。わかってくれた?」
プロであるチカ姉がここまで言うのだから脅しでもなく、実際にそうなのであろう。
素人の俺を伴って戦ってくれるだけ譲歩に譲歩を重ねてくれたに違いない。
だから安心させるよう力強く頷く。
「ああ、わかった」
「よし。後は生きて帰って、それから積もる話でも一緒にしましょ」
楼に向けた笑顔は、次に茜を捉え疑いの眼差しを向けた。
「それと征條茜さん。あなたは私たちに協力するってことでいいのよね?」
茜は違う目的を持っていたため、チカ姉たちに追われていた存在なのだ。それに加えて、この世界へ来るためのアクセサリーまで盗んで行った。俺と仲がよかろうが、何かをしでかすのではないかと疑うような視線を向けられるのも当然だった。
「ええ。協力します。当然ですが、といっても物語に従う事しかできませんけどね」
茜の苦笑いには疑うのをやめて欲しい意思が込められているように見えた。
もはや俺にはチカ姉が何を疑っているのかわからないが、茜の言う通り問題を起こすことなどできないのだ。物語はシナリオに沿って進行する。だから物語の登場人物である茜が、チカ姉も知らない行動がとれるはずがない。
「チカ姉、いいだろ。茜を信じてやってくれよ」
「……わかったわ。約束よ。ワームを倒すのに協力しなさい」
「はい。約束です」
これでやっと準備は整った。
俺らが向かう物語のクライマックス。
話しこんでいたことにより、緩んでしまった味方の糸を張り直すため俺は叫んだ。
「行こう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます