第15話 反省会

「私過保護なのかなー」


 廃ビルの壁にもたれながらも隣の男にダルがらみする彼女は、ポスンと地面に座り込む。


「はあー、過保護と言われてもおかしくは思えないんじゃないかな」

「でも納得いかないのよ」


 やっと会話に乗ってくれたバートンはため息交じりに続ける。

「楼君はどうみても信樂君を越えるべき壁だと思っているのに、君がああも口うるさく言ってしまえば過保護って言われても仕方ないだろう?」


 自分でも過保護なのは理解しているつもり。でも言わずに我慢できるわけない。唯一の家族がこんな場所にいたのだから言わずにいる方が難しい。


「過保護になる気持ちもわかるでしょ?」

「もちろん君の気持ちもわかるさ。だけど僕は楼君を支持したいかな」


 気だるげに答えたバートンを見ると、腕時計から出たホログラムを操作して何やら資料を読み込んでいるようだった。つまり、この話に興味はないと言われているようなもの。相棒の私がこうも悩んで相談しているのにも関わらずだ。


 だからあえて悪女のごとく、意地悪く振る舞って相棒を責め立てる。

「あなたにとってはどうでもいいことかもしれないけどね、私からすると一大事といっても過言ではないのよ?」

「仕事に支障がないなら構わないさ」

 どうして癪に障る言い方をするのか。


「あるわよ。十分すぎるほどの支障があるからこうして話しているの」

「大方楼君が征條茜を助けている以上、改編に協力する恐れと、危険が気になって仕方がないといったところかな?」

「……そうよ。私事なのは認めるわ。でも支障はあるのだから解決すべき問題でしょう」


 こうも頭が回るバートンは仕事では優秀なタイプと言える。だが、プライベートでは極力、いや絶対に関わりたくないタイプなのは間違いない。そういえば楼も昔から頭が回る子だったけど、こんなひねくれものになっていないわよね?


「支障はあるんだろうね。だけど言っただろう? 僕は楼君を支持したいって」

「……なんでそんなに楼の肩を持ちたがるの?」

「単に気持ちの問題だよ。逆に君は、あんなに必死になって姉を越えようと思っている弟を見て応援したくはならないのかい?」


 気持ちの問題……仕方ないのはわかってる。私の悩みだって気持ちの問題だもの。


 応援したくないわけじゃない。けれど今回は話が違うから。

 戦闘訓練もせず、何が危険なのかも知らない素人を放って置けるわけがない。ましてやそれが私にとって最後の肉親なのだ。放っておくわけがない。

 そもそもの話、楼のことは応援したいが、一度目標は見直すべきだと思う。


「応援はしてもいいけど、私を越えようとするのは間違ってるとも思う」

 珍しく、いじっていたホログラムを閉じてまで智佳を向き、話を聞こうとするバートンがあまりにブレない瞳で見つめてきたため、開いた口から息が洩れる。


 昔から私の背中を追って、私だけを意識しているのを散々見てきた。私だって自分が人より得意なことが多かったのはわかっていた。それでも、私とは違う何かを持っている楼を周りはむやみやたらに比較するのが嫌で街を出た。


 だというのに、まだ私を追っているなんて……


「楼はもっと自分を褒めるべきなのよ」

「だったらそれを言ってやるべきだったんじゃないかな」

 私だってそう思った。でも、言えない。

「私がそんなこと言ったら諦めろって言ってるようなものだわ」

 もし言ってしまえば、いくら誤解を解こうにも一生解けない誤解となることは避けられない。きっと自分を強く持っている楼ならそう思うはずだ。


「なら諦めて楼君と共闘できる方法を考えた方がいい」

「あんた簡単に言ってくれてるけどそんなこと――」

「できるわけない。なんてこと楼君なら言わないだろうね」

「何が言いたいのよ」


 なんて言おうか下あごを撫でて考えるその姿は、自分に持っていない答えを知っているからと偉そうな態度を取る教師のようでじれったく、鬱陶しい。


「僕はできると信じてやまないあの姿を評価して、君より楼君を支持したいと思ったのだけれど、よく考えてみると僕はあまり楼君のことを知らないなと思ってね」


 当たり前じゃない。何を私は苛ついているんだ。バートンは楼のことなど知らないも同然。私がああだ、こうだと文句を言われるのは違うわ。だって私の持つこの感情はバートンなんかの一時の関心ではない。


 智佳は立ち上がりお尻についた砂埃を払うと腕を組んでバートンと向かい合った。


「今まで勝手に言ってくれたけど、楼をわかった気になってるんじゃないわよ」

「ほう、確かに僕は姉である君よりも知らないことが多いだろうね。そこは謝ろう」


 余裕を見せて軽く頭を下げて見せる姿に好ましくない感情が芽生えるが、それを口にする前にバートンは言った。


「であれば、信樂君から見た楼君の話を聞かせてくれないかな。ブラコンのチカ姉さん」

「なっ‼ チカ姉って呼ぶな! それにブラコンなんかじゃない」

「ブラコンの自覚すらないとは驚いた」


 どうしたらそこまで人を小馬鹿にできるのか教えていただきたいくらいだ。

 私はブラコンなんかじゃない。ただ、楼のことが心配だっただけで、なんでもお見通しだと言わんばかりのこいつにムキになったことは認めるが、姉として何もおかしなことをしているつもりはない。


 いつにもましてバートンが嫌みったらしい奴に見えるのはこの話が楼の話だからか。だとすれば多少ブラコンであることは認めなくてはいけないのだが……私は違うと思う。


 だからこそ疑問に思わずにはいられない。絶対口にはしないが、バートンは嫌みったらしくても仕事はできるやつだ。頭も回るし、常に冷静。だというのに今日は……


「何かおかしなものでも食べた? どうしてそんなに憶測で話すのよ」

「憶測でなんか話してないさ」

「だったら私はブラコンじゃない。ただ私は」

「心配だっただけ。家族愛があったと言ってもいいね。楼君も信樂君に会いたかったみたいだし、お互いを思いやれる家族……実に素晴らしい。理想的な家族ともいえるね」

 大げさな身振りで語るバートンは推理小説の探偵がトリックを明かすかのように言った。


「そんな家族が五年ぶりの再会を喜べないなんて――悲劇じゃないかな?」

 こいつは憶測でなんか話していなかった。おかしくなったわけでもないし、いつも通り無駄に回る頭を使ってこれを言うために……


 そうよね。五年ぶりだったのに、私は心配ばかりしてどうして一緒に喜べなかったんだろう。本当はまた一緒に笑いたかったのに、私は何をしていたんだろう。


「いつからなの」

「何のことだい?」

「いつから間違ってるって気づいていたの?」

「君が散々聞かせてきたんじゃないか。普段からずっと無視しても楼君のことをずっと話していたっていうのに悲劇の再会を見せられた僕の気持ちにもなって欲しい」


 確かに私は話していた。それでもこいつに気付かされるのはどこか癪で、相棒であったことに感謝しつつも憎んでため息を吐いた。


「私が話し続けていたのは悪いけど、そこまでわかってたなら助けてくれても良かったじゃない。私はもう楼に許してもらえないかもしれないのよ」


 不満だけでなく不安も交じっていたと思う。

 だが、それに返すバートンの言葉は無関心のときに出す流した声だ。

「それについても大丈夫じゃないかな?」

「え? 何かしてくれたの? たまにはあんたもやるじゃない」

「いいや、何もしてないさ」

 その声は笑みから零れた声に聞こえた。


「君も言っていただろう。楼君はもっと自分を褒めるべきだってね」

「それってどういう」

「まあ、時期に分かるさ。彼はきっと強い心を持っている」


 再びホログラムを見るバートンの背中は頼れるほどに大きく見えた……と言っても本当に一瞬だけ、それ以降はいつもの嫌みったらしい背中だ。


 でも信じてみよう。少しだけそう思えたのは本当だ。

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