第12話 掲げるモノ

「おい。そこの裏切り者」

 茜がピクッと反応するも、俺が見るのは北方を中心とした他幹部だ。


「う、裏切り者とは誰のことを言っている」

「お前らのことに決まってるだろ」

 茜は隣で楼に顔を向ける。


 先ほどまで冷静だった幹部らが、目をひん剥いて声を荒げた。

「なぜ私らが裏切り者になるのだ。裏切り者とは……」

「茜だっていうのか? いいや、違うな。茜は自分のロマンをもって自分の意志から行動しただけだ」

「だが、結果として裏切ったのだ」


 そうだろう。結果だけならそうだ。


「ならまともな裏切り者だな」

「まとも……?」

「ああ、お前らみたいに口車に乗せられて裏切る下劣な奴と比べれば、何倍もまともだ」


 怒りの形相で俺の胸倉をつかむ幹部の男は俺よりも小さかった。物理的な身長は俺の方が小さかった。しかし、俺には小心者にしか見えなかった。


「くっ……」


 俺の胸倉を掴もうが、グラティアを使われない限り怖くもない。

 親にもチカ姉にも及ばないが、俺は弱くはない。一人で暮らし、一人で働き、一人で街長と向き合う。食糧難でろくな仕事をしていない俺にとっては、生きるために肉体を使う必要があった。


 なによりロマンがあった。


「ロマンの欠片も持たないお前らに負けるわけにはいかないんだよ」


 俺はこの世界で見つけなくちゃいけないんだ。自分のロマンを。


 それなのに、ロマンを否定されるのを見て、ロマンを持たない奴が正しい姿なんかを見せられて、黙っていられるわけがない。


「お前らだって、わかってるだろ。茜のロマンがどれだけ高いのか」

「私たちには高すぎるんだ」

「茜にも高いんだよ」


 どうしてこいつらは茜を見て憧れていられるんだ。こんな孤立して子供みたいに泣きそうなのに、どうして自分とは違うと切り捨てられるんだ。


「茜はまだ十七の子供だぞ」


 会議室が鎮まる。


 わかっていただろ。茜がまだ子供だってことを。

 幹部のこいつらみたいに、白髪も、皺も何もない。まだこれから老いていく、これから成長していく子供だってことを


 それを見ていた北方が口を開く。


「だとしても代表だ。年齢で言い訳することは許されない」

 相変わらず正論好きの嫌みったらしいやつだ。


「だからお前らがいるんだろ」

 しかし茜には、必要な人間なのだ。

「茜の語る理想は高いかもしれないが、それは茜だって同じだ。それでも、賛同する皆がいたから本当に叶うと思ってやってきたんじゃないのか。きっと皆が高い理想に手を届かせてくれると思って」


 俺だって現実を見れば茜の言う理想は高すぎるのだと思う。

 だが、茜は俺より高い理想を語り、俺より熱いロマンを持っている。

 主人公らしい果てしないロマンを。


 だが、それが言えるのはきっと、賛同する皆が茜を高く押し上げ、理想を近くで見せてくれたからだろう。だというのに……


「お前らは裏切ったんだ。賛同すると言って、勝手に諦めたんだ」

「いや、私たちは」

「諦めただろ。現実ばかり見やがって」


 こいつらは今まで何を見てきたんだ。茜に憧れるばかりで何も聞いてはいなかったのか。

 散々言っていたんじゃないのか。


「誰も犠牲にしない、そう茜は言ってたんじゃないのか」

 北方が顔を歪め言う。

「それができないから、現実を見る必要があるのだと言っているのだぞ」

「お前は何かしたのか」


 茜が語ることは不可能だと思われても仕方ないことだ。だが、それを信じて本人は必死でやっている。だから裏切り者だと言われても、賛同する者がついてきたんじゃないのか。だって俺だってそうなのだ。


 物語の世界から出てきてまで助けを求めて、守るものまで増やして、自分ではどうしようもないワームすらも自己解決しようとして、いくらなんでも茜には重すぎる。


 楼は自分の腕に巻かれた茜の包帯に触れ、できるだけ冷静に話す。

「茜は理想を叶えるために、すべてをしてきたというのに、信じてきたお前らはどうだ。何もせず諦めて逃げただけじゃないか」


 俺は綺麗好きなんだ。こんな奴ら茜のロマンの邪魔でしかない。そんなホコリは今すぐにでも片付けてやりたい……だが――


 この会議の目的は何だったか。俺は言いに来たんだ。


「だったら俺が茜に理想を見せてやる。熱いロマンを語らせてやる」


 だって最初に決めたんだ。


「茜のロマンにベットする」


 茜の瞳が揺れるのを尻目に見た楼は笑って答える。

「俺は茜の味方だ。過去がどんなものであれ、茜のロマンだけで俺は戦える」

 今茜がどんな顔をしているのか知らない。

 戦えないくせに、と笑っているかもしれない。でも、俺は戦わないといけないんだ。


 この物語をおかしく変えるはずであるワームと。

 何か言いたげな幹部らも何も言えずにいる。

 だから一人の男――北方が言った。


「偉そうに好き勝手言ってくれたようだが、貴様は誰だ。我々の会議の邪魔をするなら今すぐ出ていってくれ」


 楼の前に彼女が立つ。

「彼は私の味方です。そして、救世主です」


 なんともまあ大きく出たものだ。

 俺を救世主なんて呼んでくれて、物語で今何が起きているのかわからなければ何を言っているのかわからないだろう。


「可哀想に。征條さんもおかしくなってしまったというのですか」

「私は変わりません。変わらず言い続けます。犠牲は許さず、両派閥にとっての平和を目指す……それが新保進派です」


 睨み合いをする茜と北方。

 だが、それにはすぐ決着がついた。


「わかりました。どうなっても知りませんぞ」

 素直に身を引く北方を椅子に腰を下ろすと、再び真剣な目つきで言い放つ。


「ただ、派閥の瓦解だけは許しません」


 その言葉には凄みがあるが、派閥を想ってのことか……いや、どうせ派閥が瓦解すれば自分の着く地位も何もないからだろう。


 それも意に介さず子供らしく「はい」と返事する茜に、他の幹部らが話をしようとする。

 だから遮るように俺は言った。


「ということで俺はこいつら気に食わないんだけど、掃除しない?」


 そういう提案を茜にする。やはり清掃は大事だと思うのだ。

 俺は今のところ戦える能力を持っていないから提案したわけだが、茜の隣にいるだけで何か勘違いした幹部が怯えを見せる。


「何言ってるんですか。彼らは必要です」

 ほっとする彼らを見て、からかうよう茜に言う。


「俺は綺麗好きなんだ。ロマンの前に立ちふさがるなら……って、いてててて」

「掃除なんていくらでもさせてあげますよ。では、各々よろしくお願いしますね」


 俺の耳をつまんで引っ張る茜の姿は、俺なんかよりもよっぽど怖いのか、苦笑いと恐怖を浮かべた幹部に見送られることとなった。


 というかいい加減放して欲しい。耳がちぎれそうで、茜はゴリ……更に強く耳をつままれたのだが、心の声って聞こえていないよな?


 茜の顔はどこか楽しそうで子供のような笑みを見せていた。

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